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三つ子、3分の2④

 丸めた書類を片手に、啓太は仁王立ち。  「なにしてんだよ」  冷静な顔に見えるけど、どう控えめに言ったって怒り心頭。  だというのに、眞澄の頭の中には啓太はセックスのときどんな顔をするのかが、まるで自動再生みたいに繰り広げられる。  少し意地悪な顔とか、気持ちよさそうな顔とか、自分の前では、してくれるのかとか、しまう。  ―――見たい。見せてほしい。  くきゅと、喉が音を鳴らす。  崩した正座の脚の間で、まだ、熱が燈っている。  ―――恥ずかしい。  啓太に、気が付かれないように、制服の股を整えて、抑える。  深く息をして、できるだけ何も考えないようにした。  「で、何やってたんだよ」  いつもよりオクターブ低い、不機嫌な声が耳にしみる。  「んー、性ト指導?」  「生徒指導が必要なのはお前らだよ」  翔太がからからと笑う声がする。  盛大な溜息に頭が震える。  変なスイッチ入っちゃったみたい。堪らない。  ―――息、熱い。  唇が無性に渇いて、舌で湿らせる。  下唇を丸めて、前歯で噛むと訳の分からない涙が込み上げてきた。  こんなにも浅ましくて卑猥な自分の中身を悟られたくないのに、知ってほしい。  つん、と触れた肩口を顧みる。  大きな鳶色の目に涙の膜を張った陽樹が、困ったような、切ないような顔で眞澄を見ていた。  「……チャイム、鳴る前に便所行ってくる」  そっと立ち上がった姿は少し前かがみで腰が引けてて情けない。  自分だって、いま立ち上がったら同じような姿勢になるんだと思ったら、格好悪くて好きな人の前じゃそんな姿見せられない。  ―――置いて行くなよ……。  別に薄情なわけでもなんでもない。  陽樹もいっぱいいっぱいで、眞澄も自分のことしか考えられないだけだ。  「で、啓太は眞澄ほっぽってどこ行ってたのよ」  「ほっぽった訳じゃないし、どこかの生徒会長サマと書記の方が議事録も2年会計が睡眠時間削って練り上げた予算書も生徒会顧問に提出してねーって聞いたから代わりに提出しに行ってただけだよ」  「伊織ちゃんとこか」  話題に上せられた生徒会長サマはからりと笑って下着姿のまますっくと立ちあがった。  書記の優太が眩しそうに見上げる。  それは翔太の背後にある太陽に目がくらんだ様にも見えた。  「じゃ、俺らも伊織ちゃんと遊んでこよー」    生徒会顧問の名前を繰り返してズボンを穿きなおしながら、翔太は少し、眞澄を顧みる。  上目にそれを睨みつけて唇を噛んだ。  さっきよりほんの少し、体に余裕が出てくる。息が少し、しやすい。  変な汗も顔の熱さも和らいだ。  ほっと、ひとつ息を吐き出して、膝を抱えて座りなおす。  もう少し、動かずに、何も考えずにいたら元の通り、体の疼きは治まりそうだ。  空を見上げると、飛行機雲の後がぼんやりと滲んでいた。  「あとは任せたね、啓太センパイ(・・・・)」   わざとらしい翔太の声に顔を戻すと、二人分の背中が塔屋に向かっていくのが見えた。忌々しげにそちらを見た、啓太がふんと鼻を鳴らして一瞥していた。  そして、気まずそうな、困ったような、不機嫌そうな顔で眞澄を見る。  「変なこと、されることはないと思うけど」  長く息を吐いたそのままの息で、啓太は眞澄に手を差し伸べる。  ―――いま、立ち上がったら。  さっきよりずっと、収束しているのは判っている。でも、完全に悟られないかって言ったら、その自信はない。  キュッと膝を抱えなおし、その間額を埋めた。  顔を上げたら、さっきの想像がよみがえって、卑猥な自分がまた顔を出しそうだった。  「眞澄?」  問う声が優しくて、涙が出そうになる。  こんなときどうしたらいいのかわからなくて困る。  拒絶するわけじゃない。でも、恥ずかしい。  だから、首を横に振るしかなくなる。  「なんか、された?」  ぶわと、風が巻いたような気がした。  瞬時、顔を上げる。  「……ッ」  煌々と、いや、ギラギラと凶暴な光を帯びた双眸が眞澄を見ていた。

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