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口の使い方①

 「……なんか、ごめん」  屋上の緑に引っくり返って、憎らしいくらい真っ青な空。  「いや、俺、こそ、すみません」  また新しい飛行機雲が青いのを引き裂いていく。  下着の中が気持ち悪い。  このままいっそ午後の授業を完全にフケて寮に帰ろうかなんて考える。  寮に帰って下着を履き替えて完全に布団被って気が済むまで、本日の振り返りと反省と沸き上がる羞恥との対峙をじっくりしっかり行ってやろうかとも思う。  「なんか、つい、」  「うん、悪気無いのは判ってる」  というよりもアレは完全にアレだ。  啓太が悪い。  自覚があって啓太は仰向けに転がった状態から、眞澄の視線を避けるように背中を向けた。  背後で正座したまま、眞澄がこちらを伺っているのがわかる。  制服の前ボタンが、実はちぐはぐに留まっていることを、啓太は知っている。  それを指摘して、直してやるような余裕も、今の啓太にはない。  「つい、」  眞澄はそこで言いよどむ。  もう言わなくていいと腹の中で念じながら、醜態曝した自分を思い出す。  簡単に言うと、暴発した。  しかも恥ずかしいことに、口でしてもらおうか、否か、迷っているうちに、だ。  「いや、いい。むしろ、俺が悪かったから」  「でも、」  気配で眞澄が前にのめったのがわかった。  「もー、いいから」  それ以上言われると虚しくなりそうで口を噤んで欲しかった。  途中まで雰囲気に流されて、ベルトと制服のフロントを開いて、下着から性器を出そうとしたところで尻込みした。  引かれたらどうする?  すっと胸に滑り込んできた予感に勃起したままあらぬ想像をした。  頭を押さえつけて唇に擦り付ける。それでも嫌がって口を閉じるなら、その品の良い鼻梁を摘まみ、酸素を求めて開いた瞬間に捩じ込む。  舌と唇で散々味わった口中は熱く濡れている。歯の硬質が棹に当たる。下手くそなのがまた『煽』ってくる。  喉の奥まで押し込むと(えず)いた粘膜の蠕動が先端まで伝わってくる。  涙目で見上げる目が苦悶を訴える。  「けいた、せんぱい」  躊躇ったままブッ飛んでいた思考を眞澄の細い声が手繰り寄せる。  かちりとぶつかった瞳は涙よりも粘度の高い膜で覆われているように見えた。  その唇が、意思のままに開く。  白く小さな歯が、並んでいた。  舌は、啓太が思っていたよりも小さく、赤かった。  「う、わ。」  記憶の中の自分が間の抜けた声を上げる。  それに同調した自分の口から小さな声が漏れた。  ワケわからない柄したボクサーパンツの薄いのが、真っ赤な唇に食われた。  起こったことのすべては、それだけ。  下着の上から軽く口に含まれただけ。  それだけで、目の前が閃光してケツの穴がキュッて締まった。  睾丸が搾られるみたいになって竿の中を一直線にかけ上がって。  顔を引いた眞澄の唇がやけに濡れて艶っぽかった。  それを拭った舌はやっぱり小さくて赤かった。歪む顔。生臭い臭い。甦る羞恥心。  顔は熱いのに心臓が凍っていく感じ。  「して、みたくなったんです」  背後から掠れた小さい声がする。  「なんか、よく分からないけど、そうしたくなって」  それで、  戸惑っている声は何の計算もあざとさもない。  ただ、悪いことをしてしまったらしいと、少し怯えたように畏縮している。  ―――ちっせぇ。  男としてとか、沽券だとか、くだらないことを気にしてる自分の小ささが嫌になって空に向き直った。  飛行機雲に割かれた青はそれでも青い。   「せんぱい」  覗き込んできた眞澄の顔は白い。  はつかねずみか、白兎か。  きゅっと目尻の上がったのは猫みたいだ。  手の甲で、その頬に触れた。  柔い産毛に押されるようにふわと軽い。  「授業、戻るか」  一瞬こそばゆそうに閉じた睫毛が煌めいて見えた。

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