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勤勉なフリ⑤

 真正面に捉えた啓太の顔は眞澄を見ている。  少し呆けた顔をして、そして質問の意味を理解して、唇を閉じる。  目を戸惑い気味に伏せて、空いた手で首の裏を掻く。  それは、ちゃんとセックスを意識しての質問。肉刺の硬い掌は答えに躊躇って柔らかな眞澄の髪をやたらと撫でる。  「そりゃ、そういう病気もあるわけだし、可能性がないとは言えない、かな?」  はぐらかさない真摯な答え。    ―――裂けるのか。  やっぱり。  そう思ったら一瞬血の気が失せた。  陽樹の言う通り、排泄器官だ。本来出すはずの場所に挿入するわけだから、それは無理があるに決まってる。  心臓が別の意味でドキドキする。  どうやって突っ込むのだろう。自分のだって、当然尻の穴より性器の直径の方が勝っている気がする。  無理矢理捩じ込む?鉛筆やらペン程度のものならどうにかなりようもありそうだが、啓太の性器がどれくらいなのか知らない。まじまじと見たことはないし、今日だって下着越しにしか見ていない。  くきゅと、喉が鳴る。  練習着のままの啓太は下半身も締まっている。その中に、今日の奇抜な柄の下着を着けている。いや、さすがに一度着替えたか。考えながら練習着の下の、その下を想像した。  無意識に唇を舌で拭う。あの、青い匂い。口の中がイガイガするような感覚。あの正体。  尻の穴に、性器を突っ込むのが、男同士のセックス。  だと、したら。  「先輩も、俺とそういうことしたい、ですか」  「へあっ?!」  素っ頓狂な声。啓太の首の裏の手がぴくんと跳ねて目が見開かれる。眉と目の間がさらに狭くなる。かちりと目が合うとそれは気まずそうに逸らされて唇がとがる。指先が眞澄の髪をくりくりと嬲っていた。  「……取り敢えず、こっち、おいで」  深く吸って、吐いて。指先が眞澄の髪を離れた。  それが何となく寂しいけど、その手がそのまま眞澄の指先を拐う。自然に。当たり前に。  促されるままにスリッパを脱いで部屋に上がる。片付いた部屋に同居人はいない。  3年の寮生は一人部屋だからだ。  ここには眞澄と啓太しか、いない。  そう思うと、緊張が増して、さっきの画像が脳裏に浮かんでくる。  濃紺のシーツがかかったベッド。同色の羽毛布団がどれ程軽く、柔らかく、暖かいかを眞澄は知っている。  勉強に疲れた後や、ゲームしながら寝そべるのが常だからだ。付き合う前から、付き合って、からも。  「なんか飲む?」  キッチンで啓太の声がする。  自分のマグと眞澄用のマグを調理台に置く微かな音が聞こえた。  「あ、俺、淹れます」  「そっか。じゃあ頼んでいい?」  あるものならなんでもいいよと柔らかく囁いて、啓太は脱衣所に消える。衣服を脱ぐ細やかな衣擦れの音と、小さな息使いが聞こえた。  意識しすぎてしまう。  手鍋に牛乳を注ぎ、ティーバックを入れて、コンロにかける。  とっとっとっと、と心臓が駆け足する。  啓太の着替える音がする。      普段と変わらないもののはずなのに。  全部が色事めいて見える。  ベッドに視線を走らせた。ちゃんと、ではないがある程度整えられている。ぶるりと身震い。尻の穴がきゅっと締まる。  布団を乱して、組み敷かれる自分の姿を見た気がした。背後から覆い被さった啓太は眞澄の両手を押さえ付けて、全身で拘束する。逃げ場を奪われて後ろから抉られる。裸の胸が、腹が、自分の背中にくっついて、下半身はくっつく以上のことになる。  ―――う、わ、あ……。  目の前がチカチカする。  知らない世界が、開けている。今までなんであんなに無防備だったのだろう。知らないって言うのは恐ろしいことだ。でも、知らないまま奪われてしまった方が、良かったのかもしれない。  「眞澄?」  「あ、はい」  チカチカがキラキラになる。  啓太が傍に来るだけで眞澄の世界は輝きを増す。  「牛乳、煮立っちゃうよ」  「あ。」  ふつふつと泡を出した牛乳はカルシウムの膜を張って紅茶の色に染まっている。  「渋いかもしれません」  「いいよ、砂糖入れたら甘くなるし」  柔く笑う顔はやっぱり優しくて、痛いのも知らないことも怖いけど、啓太を好きな思いは変わらないことを実感する。    

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