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男の本性。②
―――キス以上のこと。
目の前のケーキ。
甘いもの。いくつでも食べられるケーキ。
―――キス、以上。
見ているだけで口の中に甘味が広がりそうなケーキと、想像が目の前にちらつく。
昼間みたいな身体接触。
大きくてかさついた掌で体を、素肌を撫でてもらう。胸全体を揉まれたり、腰を捕まれたり、太くて器用な指で、乳首を弄られたり。
思い出しただけで頭がじんっとする。
でもそれは、キス以上ではあるけど、最終目的とは違う。
「好きな分だけ食べていいけど、夕飯食う余地は残しとけよ」
優しいバリトンが耳の奥に入ってくる。もっと近くで、囁かれたり、して。
目の前にある目は微かに臥せられて、短いが密な睫毛が瞳に掛かっている。
それを、もっと、間近で、見た。
最近の若者顔と噂されているのを知ってる。子どもの頃、母親の気まぐれでゲームのCMに出たことがあると、陽樹が言っていた。三つ子だから珍しいんだよと一笑に臥していたが、それが、子どもだから、三つ子だからという理由だけではないことくらい、素人目にも判る。
「じゃあ、モンブランと、ミルフィーユ」
「サバランは?」
一番好きな焼き菓子を示されて、上目になる。ブリオッシュにラム酒の匂い。
「飯、食ってからで」
「夕飯も食い過ぎるなよ」
屈託なく笑った顔に、やらしさはなくて、本当に啓太は眞澄とセックスしたいのか解らなくなる。いつもと変わらない甘い時間。
紙ナプキンの上にモンブランとミルフィーユ。刺したフォークにモンブランのタルト生地が当たる。
「……もう少し、肉付きがよくなってもいいかな」
モンブランの一口目を運ぶ意識が言葉の方にそれた。
「あ。」
紙ナプキンを支えていた左手にクリーム側からモンブランが落ちた。
その手を啓太の手が拐う。
舌が、クリームを舐めとる。
温かく、滑った、塊。
「―――!」
きゅうぅぅぅっと、腹の奥。尾骨の内側が疼いた。吸い込んだ息が胸で閊 える。
手の甲から、人差し指と、中指の、間。薄くなった皮膚を舌がなぜる。ぴくんと体が跳ねた。
ざわざわと胸の奥がさんざめいて切なくなる。
「甘い。」
舌が、手から離れる。それは少し冷たい空気に晒されて、不安になる。
指先で口回りについたのまで押し込んで眞澄をみる。
「甘いけど、旨いな」
それが限界みたい。啓太の目はそらされて、頬が赤くなる。眞澄のが伝染したのか。眞澄にまで伝染したのか解らなくなる。
ふるりと、甘い震えが体を震わせる。
触れた場所はそこに心臓が出来たみたいに疼いてる。
「俺はね、」
啓太は照れ隠しのようにチーズケーキを箱から掴み出す。日に焼けた肌と乳白色がコントラストを描いて、チーズケーキがやたら可愛らしいものに見える。
開いた口が、その端にかじりつく。フォークも紙ナプキンも必要ない。噛まれたチーズケーキは3分の1がなくなっている。
「眞澄が好きだよ」
さっきみたいな誘惑をしておいて啓太は純粋な告白をする。
「だから、全部ほしいとは思うけど、泣かせたくないのが、一番なんだよ」
こそばゆそうに顔をしかめる。怒ったみたいな、困ったみたいな顔。それが一生懸命に照れ隠しした顔だと知ってる。
その言葉だけで泣いてしまいそうだ。
「だから、待てる」
自分に言い聞かせる言葉。弛めたら飛び付きそうな獣を押さえつける言葉。
その獣を解放できるのは、眞澄だけ。
「待つん、ですか?」
ケーキを溢したフォークがまだ中に浮いたままで、触れられた手はまだ痺れている。
「俺、」
痺れはじんじん広がってさっききゅうと縮まった場所までもぞもぞする。
ケツの穴にチンコ突っ込むのは、怖い。
裂けるかもしれないし、裂けなくても物凄く痛そうだし、そんなとこ、好きな人に曝すのは死にたくなる程恥ずかしい。
でも、しかし、
好きとか、恋愛の過程の中に、ひとつになりたいとか、全部触りたいとか、自分のものにしたいとか、そういう感情があって、それを満たすのが、セックスなら。
それなら。
「先輩と、したいです」
腹の奥がじくじくと熱くなる。
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