36 / 67
男の本性。⑤
身を引きかけた瞬間、二の腕を捕らえられる。強引な力で抱きすくめられ、吐息ごと唇に食われた。
驚き過ぎて体が固まる。
鼻呼吸すらままならない。
熱い肉の塊が、眞澄の舌を求めて口中を暴れる。
頭の中で濡れた音が反響してくちゅ、ぬちゅと、音がした。
「ん……っ」
舌が絡めとられる。首筋に回された掌が、顎を上向かせる。
啓太の体が熱い。強くなり始めた5月の陽射しが焼けついたまま籠っているようだった。薄いシャツ越しの体。強い力が眞澄を抱えたままベッドに乗り上げる。
紺色のシーツは皺を寄せて、組み敷かれる自分の体がほてっていくのを感じた。
しがみついていた手が震えて、指を立てていられなくなる。ひくひくと指先が震える。じんじん頭が痺れて切ないのが苦しくて、肺の中に空気が溜まったまま、固まってる。
「ふァ」
苦しさに頤を上げたら唇が離れた。
肺に固まったままだった息を吐き出すと、胸が開くような心地がした。
やっと息を吐けた脱力にベッドの上に手が落ちる。その掌に、啓太の指がするりと絡んだ。
大きな掌が、それぞれに両手を掴む。顔の両脇に縫い止められた掌は、少しエロい少女漫画みたいだ。
少し尖らせた啓太の唇が濡れていて、それが唾液に濡れている。
どちらのものかもわからないそれが、下唇ごと啓太に吸われて、ゾクゾクと背中が震える。
見上げた啓太の顔は逆光になってて、掌の中で肉刺が触れた。
硬い皮膚がストイックさを伝えるのに、少し乱れた頭の啓太はセクシーだ。
「せん、ぱい」
「もう少しだけ」
誰に断っているのかわからない。
眞澄は、
———もっと触ってほしい。
セックスの話は脇に寄せておいて、純粋に、触れたい。触れてほしい。
今感じている熱を、もっと感じたい。
「あと、少しだけ」
切羽詰まった声は少し掠れている。
押し出された息は熱く尖っている。
かちりと合わせられた目は、外すことを許さない強さで眞澄を見つめる。そのどう受け止めたらいいか判らない腫れた熱っぽさに少し怯えた。
怯えて、小さく息を飲んで逡巡した。
「っ……」
その隙を突いて両手を拘束したまま、啓太の顔が鎖骨に埋まる。
引き攣れた痛みを感じた。
吸われる、痛み。
昼間は痕は付いてないと言われた。
それに、安堵と同時に少しだけ落胆した。
「キスマーク……?」
「……ごめん」
餓えた眸はそのままで啓太は無理に笑う。悪戯のバレた子どもみたいな顔で笑う。
「つけちゃった」
誰かに何か言われるかもね。
多分、気が付くのは陽樹と、啓太の兄弟だ。
どちらかといえば優太、翔太に露見する方が面倒だけど、付き合ってることだって知られているんだし、少しからかわれるくらい、この胸が忙しなくなる幸せに比べたら些細なこと。
「どうやって、つけるんですか」
鎖骨のあたりは、自分じゃ見えない。
本当についているのかさえ分からない。でも、啓太が言うのならそこにはあるんだろう。
啓太の触れた証が。眞澄がこれほど近い場所まで啓太を許しているという証が。
左手の拘束が剥がれる。
啓太の右手は戸惑い気味に自分の首筋に触れて、短い爪でその皮膚を掻いた。
「実演」
「え、あ。」
不貞腐れたような少し啓太には珍しい声。
首筋から離れた手が、ぷちぷちとYシャツのボタンを外す。
片手で、器用に。
なんだか手慣れた印象を受けるのは、気の所為なんだろうかと、少しだけ頭をちらつく。
―――いや、でも、俺がどうこういえた義理じゃ、ないし。
そう思うと小さく、ちくと、胸にトゲが刺す。
「う、わ」
トゲの上を覆うように鳩尾のあたり、啓太が唇を寄せる。
そんなに近づいたら、心臓の音が筒抜そうだ。こんなに恥ずかしいの、見ていられるはずがない。
胸骨は浮き出てるし、まともな筋肉も殆どなくて、だから当たり負けするのだと優太には言われている。
自分の好きな先輩と同じ顔できついことを言われるのはもう慣れた。それでも肉付きの悪さというのは存外こんなところでも負い目になるらしい。
「ぃっ……!」
「悪い」
薄い皮膚は吸い上げられると鋭い痛みを放った。じッと音を立てた後で、胸のほぼ真ん中、虫刺されみたいに赤くなってる。点状に色が濃いところがある。
「ほんとに、ついてる」
それが自分の皮膚の上についているのは不思議な気分だ。まっさらだった肌の上に赤い痕。少し膨れ上がって、血管の切れた部分が点状の正体だと知る。
「すぐ、消えちゃいますか?」
「どうかな」
体を起こしかけた眞澄を啓太の手が柔らかく押し返す。
それだけでまた、あの紺色の上に転がる。
消えてしまうなら、それは少しもったいない。
「ぁっ」
唇が左胸に吸い付く。
小さく音を立てる。
吸って離れる。
「強く吸うと、痕が付く。」
教えられて、左乳首のすぐそばに、啓太の唇が落ちる。
「んっ!」
乳輪と肌の境目を吸われて、ビクンって体が跳ねた。
あの、電気がすごい強さで睾丸の割れ目あたりを突く。
ちゅ、ちゅ、ちゅ……
断続して聞こえる音、乳輪の輪郭に沿って唇が吸い付いて、離れる。
その度にビリビリッ、ビリビリッて痺れて、膨らんで体がどんどん浅ましくなる。
「っ、あ……」
尖らせた舌が、乳頭の輪郭、ぎりぎりを辿る。
耳の奥がつんとして、また、息ができなくなった。
ともだちにシェアしよう!