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擦れ違うか。重なりあうか。③
処女喪失、処女喪失とうるさい先輩を「文書提出がありますんで」と突っぱねて陽樹と眞澄は生徒会室を出た。
本当は喪失する程の度胸も持ち合わせていなかった自分を、少し後悔している。
いっそ、些細な羞恥心なんて感じられなくなるくらい、もっと、全部、曝しちゃうくらいのことをしていたら。
そこまで考えて『全部曝す』行為を想像した。それだけで顔が熱くなり、項までその熱が伝わる。
全裸で四つ這いになり、啓太に尻を向ける自分。
無防備で、心許なくて想像だけで卑猥な体はぞわぞわと腹の底から震えてしまう。
それはきっと今以上に恥ずかしくて啓太の顔を見られなくなるんだろう。
「ホントはなんで啓太くんを避けてるの」
広く、長い廊下をまだ高い初夏の陽が照らしている。焼き付けるほどの強さもまだなくて成長しきらない自分達みたいだった。
「避けては、いない」
「ならなんでそんなに話題に上せるのを拒むの」
葉の影を落とした白い床に疎らな光が揺れている。それが左右するのを目で追いながら、打ち明けたい気持ちと、恥ずかしいのがゆらゆらする。
沈黙が光の中で喘いでいた。
「俺は、」
陽樹の声は、まだ不完全な変声期に少し掠れて、高い。眞澄のように変声期を経てもテノールなのではなく、まだ、完全には低くなりきれていないテノール。
「避けたいと、思うこともあるよ」
窓外の古木が揺れて、光が騒ぐ。風になぶられたのが、木葉なのか光なのか判らなくなる。
「でも、俺が避けたら、距離は開くだけだから」
逃げる華村は陽樹が距離を取れば、それも自然なことと、同じだけ、距離を取るのだろう。空いた距離は溝になり、溝はいずれ壁になる。
「嫌われる覚悟で、好きだって言い続ける」
禁じられた思いも、恥ずかしい欲求も全部。抱えたままで体当たりで思いを伝え続けるしかない。
「両想いなんだし、啓太くんは拒まない」
そんなの、眞澄には判らない。
好きだと言って拒まれたのがまだ、尾を引く。
それは、啓太との思い出じゃない。
啓太は、眞澄の『好き』に、応えてくれた。受け止めて、『好き』を返してくれてる。
「まあ、言うか言わないかは眞澄次第だけど」
廊下の光を踏み散らしてくる姿がある。
跳ね上がる心臓。送り出された血液で頬が染まる。
「あ、ぅあ……」
「あ。」
長い廊下でも、それが誰か、わかってしまう。
感嘆の声を上げた陽樹は眞澄の手からレジメを預かり、軽くその背を叩く。
「何事も話し合いからじゃね?」
向かいから来る影に「こんにちは」と軽い挨拶をして陽樹は先に職員室に行ってしまう。
残された眞澄は斑な光の中で立ち往生する。隠れる場所を探しながら、やっぱり自分は啓太を避けていたんだと気付かされる。
「……よぉ、」
「……こん、に、ちわ」
お互いに何からいえばいいのか判らずにいるのがわかった。
避けていたことを自覚すれば、その後ろめたさに、何を言っても言い訳にしかならなそうで言葉がでない。
避けられている、と感じた啓太においてはその辺り、眞澄の比じゃない。
―――どう考えたってアレが原因だろ。
本人から直接言われなければ、現状から巻き戻して原因を探すより他なく、結果それはあの夜に着地する。
―――俺が悪い、よな?
正直、それが確信なら素直に謝罪できる。でも、見当違いな何かが眞澄を怒らせているのなら、謝罪は反って逆効果にしかならない。
斑な陽射しに照らされた眞澄が、まるで陶器の天使みたいに見えて余計、思考が定まらない。
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