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長尺バット①

 なかなか、部屋にいけなかった理由は、決して避けていたからではなくて(本当は避けていた)、ちゃんと仕事をしていたからで(それは大義にすぎない)、その仕事もあとは実行するだけになって(つまり大義はなくなって)、  「宿題、教わるだけ、だし」  ここで逃したらまた避けてたって思われてしまう。そうしたら、きっと間には、自分じゃ飛び越えられないような溝ができて、手を差し伸べて欲しくても素直に言えないようになる。  ―――意識しすぎさえしなければ。  大丈夫。 とは思っても、この扉をノックするだけの勇気がない。 結果、また扉の前で行ったり、来たりする。 「入らないの?」 「うぁ!」 急にかけられた言葉に大仰に驚いて抱えていた数学の道具を落とした。 隣室から顔を覗かせた翔太が眞澄を見てにやにやしている。 「弟ならご在宅ですよ」 口許に手を宛がい、にやにやと笑う。ドジスンの童話に出てくる猫みたいだ。 それが憎たらしくて手早く教科書の類いを広い集めると立ち上がって膝を払った。 「知ってます」 「仲直りしに来たんじゃないの?」 そういいながら右手の親指と人差し指で作った輪の中を、左手の人差し指が出入りする。その意味がわからなくて顔をしかめた。 「それともノックできない理由が何かあるわけ?」 ダメだこいつといわんばかりの嘆息の後で、翔太は指をほどいた。 ノックできない理由と言われたらひとつしかない。 唇を結んで、きゅっと教材を抱え直した。 でも、相談なんてできない。 ―――一緒に居たら欲情してエッチなことばっかり考えちゃいそうで、何て。 そんな卑猥なこと、啓太に相談なんてできない。 多分、こんな気持ちは理解してもらえない。触りたいと思う、ならきっと理解してもらえるけど、触ってほしい、ちょっと意地悪なこともしてほしい。痛いのも、気持ちいいのも……全部、なんて。 「……弟の部屋の前で何考えたらそんなエロい顔になれんの?」   扉から出てきた翔太は俯いた眞澄の顔を覗き見て、ふふと艶やかに笑った。  それは自分よりもずっと、沢山のことを知っている人の顔で、あの屋上の痴態ですらエロい癖に知識もなにもない眞澄に教授を与えてくれる存在のように思い出された。   自分がどんな顔をしているのかなんてわからない。  でも、エロいことを考えていたのがそのまま出ていたとしたら。 「松田先輩」 「え?どの松田ぁ?」 今目の前にいるのは翔太だけなのに呼ばれた本人はけろっとして意地悪く返す。思わず目に力をいれると、 「おお、コワっ」  大仰でフザけた反応が帰ってくる。  この先輩はいつもそうだ。真剣に物事を考えることを厭うような嫌いがある。  その傾向が見え隠れして、本当は誰にも知られたくない深刻な何かを隠しているように思える。  でも今はそれよりも。 「なんだよ、そんな唸るなよ~盛った猫じゃあるまいし」 盛った猫。 言われて顔面に熱が増す。全身の、頭皮の毛穴まで収縮し、ぶわわと髪が逆立った。 「部屋っ!!」 「なに?部屋が何よ?」 「お邪魔させてください!」 言い切って施錠していないことがわかっている翔太の部屋に飛び込んだ。

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