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長尺バット⑥

 経験者が言うと真実味がありすぎて心臓がトキメキとは全く違う意味で跳ね回った。なんでかはわからない。でも、さっきとは違う。  心臓が、そわそわする。  「なんの、練習ですか」  妙な雰囲気を振り払うようために放った声は情けない。  するりと、足の間に入ってきた手が、啓太のものより薄く、淑やかだ。  唾液を嚥下する音が、想像よりもずっと、ずっとずっと大きく思えて頭の奥がくらくらしながら明滅した。  「ケツの穴で啓太を喰う練習」  くふくふと翔太が笑う。  天井の照明を負った将太が唇を舐める。指先が、股の際どいところに触れる。薄いジャージが、内腿の窪みの辺りを押した。  「おい」  低く唸る声。  部屋の入り口、見慣れたジャージの足。  心臓が、びょくんってジャンプする。  そのまま、たかたか走り出して、耳からぞわぞわ首筋が落ち着かなくなる。  「ちぇ。」  わざとらしく尖らせた唇で舌打ちした将太が、声を見返る。その堅い尻が太股の上に降りてきて眞澄の下半身を押さえ付けた。  心臓がおかしな音を立てる。  「けいた、せんぱい……」  翔太の体が視界を遮って、声の主の姿が見えない。見えないけれど、判る。同じような骨格で、同じような声なのに、全く違って聞こえる。  「なにやってんだよ」  「いやん、啓太くん力持ち」  襟ぐり引き捕まれて無理矢理引き摺りあげられても、翔太は全く応えてない。  「あの、俺、翔太、先輩に」  弁明し始めて言葉に詰まった。  初めから聞きたいことがあった訳じゃない。  啓太の部屋の前で声を掛けられたから、聞きたいことができただけだ。  重しの退いた体を起こし、おたおたする眞澄に、翔太はウィンクするだけの余裕を見せて、人懐こそうな笑顔でけらけら笑う。  「なにやってんだって聞いてんだよ」  「初な真澄がお尻のアナで気持ち良くなれるか聞いてきたから素直な感想を述べてた」  お前じゃ判んないだろ。    したり顔で笑う翔太に啓太はぐっと言葉を飲み込んで襟ぐりを放す。尖らせた唇が子どもじみて見える。眞澄の前では見せない顔。きっと怒っている筈なのに、ぎゅって、今度は間違いなくトキメいた。  「自分以外に染められたくない気持ちはわからなくもねーけど、自分が何でもわかってると思ったら間違いだからな」  翔太は勢いのまま眞澄の隣に座ると、組んだ足に左手、頬杖をついて啓太を見上げた。  「判ってるから、来たんじゃねーか」  眞澄の知らない顔でむすくれたまま、啓太は翔太を睨み付ける。  「ネコのことはネコが一番わかるからにゃぁ」  右手を軽く握って、翔太は招き猫のポーズ。  ―――ネコ。  どちらかといえば松田三兄弟は犬顔だ。招き猫のそのポーズだって、翔太には今一つにあっていない。  「おれっ、はっ」  喉のとこ声が張り付いて出しにくい。  「猫じゃないです」  「ほら、このレベルだぞ」  間髪を入れずに言って、翔太はからころと笑った。  

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