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仲直りの①

 どんな顔、すればいいのか判らなくて視線をそらした。そのままでとらえてしまった言葉は別の意味があったらしい。  にやにや笑いの生徒会長は意地が悪くて、言葉も紡げなくてに困った。  長い、溜め息が聞こえた。  それに体を震わせて啓太を見ることができない。体の芯に冷たいものを差し込まれたような心地がして、次第、視線が落ちる。落ちた先に、中学ジャージの腿を握る自分のてがあった。きゅっと固く握りしめても、答えはでない。  ―――呆れられた。  好きな人に呆れられる、ということが、こんなにも心許なく、胸が冷たくなることだとは知らなかった。  「俺の部屋、行こう?」  目の前に差し出された掌は肉刺だらけでごつごつしていた。  「俺じゃ教えきれないことも、確かにあるけどさ、もう少し、眞澄と話がしたい」  まっすぐな声が、自分に呆れていたわけではないことを伝える。それだけでさっきまで凍えそうだった胸がふわふわと暖かくなる。  ーーーなんて、単純。  それでもその手をとれずに、どぎまぎしてしまう。上目に啓太の顔を見て、少し唇を噛むと、ふにゃりと啓太の目許が緩んだ。  「眞澄と話がしたい。話したくないなら、傍にいるだけでもいいから」  空気の揺れるような笑い方。  少し困ったように、八の字になる眉。  「……ええかっこしい」  小さな声で、でも聞こえるように翔太が啓太を茶化す。  「ほんとは今すぐチンコ突っ込みたいくせにィ」  口許に添えた手でププと笑う。その言葉に耳の奥が熱くなった。  再び、視線を落とした瞬間に、骨と骨のぶつかるような凄い音がした。悲鳴と言うよりはうめきに近い声が聞こえて、顔をあげる。  「ふぉぉぉぉ!バカ力!!!脳細胞絶滅したらどうすんだよ!!」  「お前の脳細胞なんか精子でできてんだろ?!死に絶えろ!!」  「その脳細胞精子男と三つ子ならお前の脳細胞もセーエキだろうが、ええかっこしいのムッツリ助平!!」  「スケベがなんだ!翔太なんか手ぇ出そうとしただろうが!この見境なし!!」  「俺のは未遂ですぅ!大体見もしてないくせに何でそんなこと判るんですかー!!」  「さっき自分でいったことも忘れたんですかー?!ほんっとバカだな、バカ兄貴だな!」  啓太の一撃から始まった兄弟ゲンカがバカとムッツリの繰り返しになる。どちらをどのように止めていいのかわからなくなって投げ出される言葉の度に眞澄は啓太を見て翔太を見て啓太を見てを繰り返した。  「あの、あ、えっと、」  ムキになるとこの二人は良く似ていた。啓太の若干垂れ気味の眼がつり上がり、翔太の目許に似るのだ。  そんな関係のないことに気がついたとき、眞澄は腕を伸ばして啓太の腕をとっていた。  「先輩の部屋、行きましょう」  咄嗟にしがみついた腕は太くて逞しくて、熱かった。  抱え込むようにしたその腕の、浮き出た血管が何だか凄くいやらしい気がしていた。

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