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仲直りの②

 見上げた啓太の顔が、見る間に赤く染まる。こんなにも近くで、人の顔が朱に染まるのを見たのは初めてかもしれない。  「おじゃましました」  腕を抱えたまま、ぎこちなく頭を下げる。  「ちゃんと教わってこいよー」  ぼすんとベッドに腰かけた翔太はカラカラと笑って手を振る。  土間には、普段、自室でも揃えられている啓太の内履きがまるで放られたコッペパンみたいに乱雑に脱ぎ捨てられていた。  「……ちょっと、慌ててたから」  ばつが悪そうに応える唇が少しとがっている。そんなのが、年上の先輩の筈なのに、ちょっと可愛らしく感じてしまう。  ぎゅっと腕に抱きつく力が強くなる。  そのまま、上がり框で歩が止まる。  ーーーあ。  「しがみついてたら、靴、履きにくいですよね」  「うん、まぁ、そうだな」  離れた腕を、啓太はそっと擦る。擦って、その手で短い髪の頭を掻く。  掻いて、なにか言いたげに口ごもって、辞めて、コッペパンみたいな内履きを履く。踵を踏みつけたそれは、ぺたん、と間の抜けた音を立てる。  寮の廊下はまだ何人かの往来があって、本当は2年フロアにいるはずの眞澄も馴染んでしまって目立たない。  「う、あ。」  隣の部屋の扉を開けるのと、大きな手に引き込まれるのは同時だった。気がついたら、その胸の中で強い心音に迫られる。目の前で、喉仏が動く。囚われた胸の中はキツくて熱くて胸が甘く締め付けられる。  腹の底が、きゅぅぅっと締め付けられる。  締め付けられて、耳の奥がじんっと痺れる。尻の(あな)がもぞもぞする。  ーーーうあ。  首筋、ぞくぞくする。  一番聞きたかったはずのことを聞きそびれてしまったことに、今気がつく。  折角、の将太と話していたのに。  頬が赤い。赤く、燃えてる。  心臓が痛いのか、その上にある乳首が、固くなっているのか判らない。背中と腰に添えられた啓太の掌が、発熱している。熱い。  その熱を、もっと、広げてほしい。全部、全身。体の中まで焼き付くすくらい、啓太の熱に浸りたい。  そんなことを感じてしまっている自分は、浅ましい。  恥ずかしい。  なのに、  「ふはっ」  締め付けられて押し出された息が、色を持つ。もっともっとが満足できない。  「………悪い。」  それなのに、髪を揺らす啓太の声が、忍ぶような謝罪なのは、なぜだろう。  「あの、」  その理由が判らなくて、腕の中で藻掻く。  藻掻くとすっと自然に体が離れた。萎れた頭が、額が、眞澄の額に触れる。目の前でさっきまでつり上がっていた眦がいつもより垂れ下がっていた。  「ごめん、」  また、謝られる。  「何で、謝られてるのか、判りません」  頼りなげなその目はいつもよりキラキラと輝いていて水っぽかった。惑うような、なにかを探すような、そんな目だった。  「んー……俺も謝るのが正しいのかどうか、良く判ってない」  なんだそれはと、少し思う。これが、啓太のように誠実な人間の台詞でなければ、ふざけるなと一蹴するだろう。  一蹴してもいい筈なのに、それができないのは、多分、そういう気持ちにさせていた責任が自分にあることが、判っているからだ。  「俺も、ごめんなさい」  以心伝心とは言うし、憧れる気持ちもある。でも、人間はそんな風にはできていない。  ちゃんと話さないと伝わらない。

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