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キス、の効能②
触れた指先から熱が伝播する。じんわりと指先を痺れさせて、体の芯に向かって赤く染められていくみたいだ。
パッと見開かれた睫毛がおずおずと伏せられて、目元が赤く綻ぶ。座卓を挟んだ距離を飛び越えたい衝動にかられる。赤い目の際に潜んだ涙腺が、じんわりとそこを潤していくのが見えた気がした。
触れた指先で、眞澄が頷くのを感じた。
閃光が走ったみたいだった。
背中から首筋にかけて一気に震えが走って、明らかな欲情が心臓を高鳴らせる。
パッと上向いたはずの顔が下唇を噛んで更に顎を引く。十分に潤った瞳は反射した照明の明かりを内に滑らせていた。
「……したい、です」
きゅっとつり上がった眼が、一層、挑むように啓太をみた。挑発的なその表情は、小生意気にも、怯えたようにも見えた。
喉に、息が詰まる。
このままこの手を、指を滑らせて、噛み締められた唇に触れたい。衝動は行動となって、柔い唇に触れる。乾いているように思えたそれは濡れてはいないが、しっとりと吸い付くように心地よかった。
「でも、怖いです」
か細く震える声に、唇の中央で指が惑った。上唇と下唇の間は、一層肉が張り詰めていて弾力があった。
「……俺、いろいろ、判んないんです。」
目尻の方に向かって伸びた睫毛が観念するように震えて閉じる。閉じて薄く開く。
「男同士のセックスもこの間はじめて知りました。フェラとイマ?イラ?マチオ?の違いもわからないし、先輩のちんこが長尺バットとか言われても、長尺バットがなにかも、わからないし、」
「長……」
何てことを言われてんだ。
眩暈する。
幾らなんでも長尺は酷い。振ったら遠心力でよろめくほどの長さはない。
自分の知らない間に知識を付けて、生半な情報を恐れている。
―――ナマナカ、ではあるけど。
啓太がシタいことには違いない。
「判らない、のに、」
指先に触れられたままの唇が熱かった。きゅっと丸め込まれて、更に硬くなって、視線が逃げる。
逃げて迷って、決意して、啓太の元に帰ってくる。真っ赤にうるんだ目元の、薄い皮膚が扇情的で、泣かせたくないはずなのに、泣かせたくなる。過保護と嗜虐が鬩ぎ合う。
「啓太先輩と、エロいことするモウソウばっか、頭に浮かぶんです」
赤い息が、指先に触れた。
そんな風に言われたら、男冥利に尽きるのに、
「どうしたら、いいですか?」
本気の困惑と悩みを打ち明けられたら、その場に任せて手込めにしてもいいものか迷う。
逃げることを知らないように、黒目の大きい猫目がじっとこちらを見据えてくる。啓太の言葉がすべての答えみたいに従順に助けを請う。
ーーーどうしたら、いいか、何て。
啓太が知りたい。セックスしたいって、自分のものにしたいって、そう白状して、その一部を実際にシて、それが余計に眞澄に不安を与えて新しい動揺を与えたのに、眞澄は啓太を信じている。それは過ぎるほどの純情。
気を抜けば、そこに漬け込もうとしている本心を、実は見透かされているんじゃないかと思う。
見透かした上で、試されているんじゃないかとあり得ない推測をしてしまうほどに、信用されている。
隠し事なんて、できようも、しようもない気がする。
「幻滅されるかもしれないけど」
自分ひとりの、考えかもしれないけれど。
「それが、普通なんじゃない?」
相手がすべてを曝けるなら、
「俺も、考えるよ」
自分も曝け出さなきゃ対等じゃない。
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