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告白
「さて、そろそろ俺は帰るよ」
少し続いた沈黙を破るように勇魚が立ち上がった。
「お、またな。明日も朝早いんだろう」
「ああ、もう帰って飯食ったら寝るよ。またなうんこボウズ」
勇魚が玄関から外に出るのとほぼ同時に基之が立ち上がった。
「勇魚さん、俺も行く。カニに会いたいから」
晩飯までには帰れよと言う兄の言葉を背中に受けながら、基之は土間口で履き古したスニーカーを足の先でひっかけ前のめりになりながら後を追った。
「待って、勇魚さん」
「ん?」
「一緒に行く。話があるんだ」
「……俺がその話を聞きたくないと言ったらお前どうする?」
「言わせない。今日は絶対に言わせねえ」
「そうか……うん、そうか」
ゆっくり区切るように答えた勇魚の表情は少し悲しげで、そして辛そうだった。今のままでは駄目なのかと言っているようでもあった。
「……勇魚さん、どうして言わないの。兄貴に……その……」
「何故か?か。俺はね何も言わないことで今の立場を守りたいんだ」
「そんなの、意味わかんねえ」
「そうか?俺はちっぽけな男だよ。怖がりだし、あいつと笑えるこの時間が何より大切なんだ」
「だったら……」
「だったら何?お前、あいつの娘や嫁さんを見る目をみたら分かるだろう。あいつに苦しい思いをさせたくない。いや、違うな。俺は臆病者なんだよ」
「違う、兄貴も勇魚さんの気持ちを知ったら!」
「知ったらどうなる?もうあいつのそばに居ることはできないよ。狡い道を選んだだけだ。あいつに必要なのは恋人としての俺じゃない」
それ以上何も話すことなく黙って歩く。ただ黙って歩く。
「うんこボウズ、いや基之、飯一緒に食っていくか?魚と米しかねえけどな」
「……うん」
玄関の鍵のかかっていない扉を勇魚が引き開ける。男一人暮らしの殺風景な部屋に開け放した窓から潮の香りをはらんだ風が吹き抜けてきた。かすめた香りにどうしようもない気持ちが溢れる。目の前にある大きな背中を基之は後ろから抱きしめた。
「どうした?」
焦ることもなく、ただ幼い子供をあやすように勇魚は自分の腰に回った腕を優しくさする。
「そのまま、動かないで。勇魚さん、俺の気持はもう気が付いているよね」
「ああ」
「好きなんだ。どうしても勇魚さんが好きなんだ」
「俺もお前のことは大切に思っているよ」
「違う!俺の好きの意味を分かっているよね」
「基之、これ以上は止めろ」
「駄目だ!兄貴にはかなわないけど、俺似てるだろ?兄貴に似て……」
「ああ。昔のあいつにそっくりで、どきりとすることがあるよ」
「だったら……」
基之の腕をぽんぽんと優しくたたくと、勇魚はその手を解き向き直った。基之の肩に手を乗せてしっかりとその目を見つめた。
「違うよ、あいつには誰もなれない。そしておまえも俺にとっては特別で大切なんだ。どっちも失いたくない。分かってくれるか?お前をあいつの代わりにするほど、おまえのことをどうでも良いと思っているわけじゃないんだ」
「どうして……俺じゃないんだよ……」
ぽろぽろと光る雫が頬をつたう。堰を切ったダムのようにとまらない涙。勇魚は自分のTシャツの裾を引き上げると基之の涙をぬぐった。
「基之、飯食っていくか?」
ずずっと音を立てて鼻をすすると、基之は首を振った。「今日は帰る」それだけ伝えるのが精一杯だった。
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