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勇魚とレオ

 基之が帰った部屋で一人残った勇魚は、大きくため息をついた。「兄貴に似ているだろう」まで言わせた自分が情けなかった。  「馬鹿だな、あいつも。そして俺もか……」  誰かの代わりでもいい、それでもいいからから傍らに居させて欲しいと思っていたのは、自分も同じなのだ。いつからだろう自分が親友に向ける視線が熱もつようになったのは、そしていつからだろうその弟から受ける視線の温度が上がったのは。遠い昔のような気がする。そして昨日のことのような気もする。  何か口にしなくてはと義務感で冷蔵庫を開けて、またひとつ大きくため息をついた。食欲がない、何も食べたいとは思えなかった。冷蔵庫の扉を叩きつけるように閉じる。軽いモーター音の聞こえる古い冷蔵庫はぶるんと震えて沈黙した。  「……眠むれそうにねえな」  奥に敷きっぱなしの薄い布団にごろりと横になると、勇魚は窓の外へ視線を投げた。今頃あいつは泣いているのだろうか、誰かがそばに居てくれればいいのにと思う。身の置き場がない、自分の家なのに落ち着かない。少し思案を巡らせてから勇魚は携帯電話を取り出した。  「はい、草津神社です」  「レオか?」  「え、あの……どちら様でしょうか?」  いきなり名前を呼ばれてレオは戸惑ったような声を出した。    「勇魚だ」  「は?何?何の用?」  「露骨だなおまえ。頼みがあるんだが、基之のところに行ってやってくれないか」  電話の相手が分かり不快そうな声を出したレオは、一体何を言われているのか分からず黙り込んでしまった。  「レオ?聞いているのか?頼む基之のところに居てやってくれないか」  「どういうことだ……てめえ、基之に何をしたんだ!」    「何もしていない、してやれない。だからこうやっておまえに頼んでいるんだろう」  電話がぷつっと途切れツーっと電子音がする。聞こえてきたその音に勇魚は軽く息を吐いて「これでいい」と自分に言い聞かせるように小さく呟いた。  「おまえも、おまえの家族もみんな俺が守る。お前の笑顔が陰ることは絶対にないから安心しろよ」  勇魚は言えない言葉と伝えられない想いを空へと解き放った。茜色から墨色に変わった空がその言葉をただ飲み込んだ。冷蔵庫を開けると、ビールを一本取り出しプルタブに指をかける。冷えたビールを一気に流し込むとチリっと喉が痛んだ。冷たい塊が身体の中を降りていく、それと同時に頬を暖かいしずくが伝った。  「俺も歳かな」  自分で決めたことだとは分かっている。それでも時折訪れるこの心の痛みにだけは慣れることは決してないのだろう。  

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