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第4話

野崎の個人レッスンは分かりやすく、1年生の間は定期テストの前に必ず彼を訪ねた。 しかし、2年になると晴樹は彼がどうやらワーカホリックらしいと気づいた。どう考えても公務員の給料では割に合わない仕事量と勤務時間だ。 そんな彼にこれ以上無駄な仕事をさせるのは良くないと思い、きちんと授業に参加した上で分からないところだけを質問することにした。 「これ全然分かんねぇ」 「どれ…?ぁー、これ過去問だね。ひらめけば簡単な問題だよ」 ホワイトボードにさらさらと式を写してゆき、解説が始まる。 「まず、これをsinθでこっちをsinφと置こうか」 「え、何で?」 「どっちも絶対値が1以下でしょ?置きたくなるじゃん。」 「はー……よくそんなん思いつくのな、すげぇ…」 「まぁ僕は先生だからね、これくらい出来なきゃお役御免だよ」 そう言いながらも、ちょっと照れたように笑った。 難しめの問題を持って行った時の方が、野崎はキラキラして楽しそうだった。 その顔が見たくて、数学だけは頑張って勉強した。 すると、デキるようになった晴樹には基本から離れた問題で数学の面白さを教えるような話をしてくれた。 もちろん、数学よりもそれを語る野崎の方が遥かに魅力的だったのだが。 「…やべぇ。どんどんハマッてく」 独りで言葉にすると、それをいっそう実感した。 一目惚れで恋に落ちたが、そこが底では無かったらしい。 晴樹が落ちたのは、どこまでも深く、終わりの見えない穴だった。

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