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第6話

卒業まで一週間を切ったとき、職員室のドアを開けながら、もうこうして会うことは出来なくなるのかと思った。 「先生、俺卒業したくねぇ、かも」 「へぇ、珍しく可愛いこと言うね。心配しなくても大丈夫だよ、単位足りてない奴は卒業出来ないから。」 「足りてるわ!なんとか!」 「あれ、そうだっけ?」 本当に、なんとかギリギリだった。 毎学年スレスレで進級してきた晴樹は、卒業もスリリング。 5段階の通知表で、数学だけは5がついたがそれ以外は1と2のオンパレードだった。授業を半分サボれば当然の結果だ。 担任には、野崎先生が全教科お前の担当だったらオール5も夢じゃなかったのにな、なんて言われた。いやお前が頑張れよ、お前の教科の成績がいちばん悪かったんだから!と言い返せば、授業に出ない奴はどうしようも無いだろうと嘆いていた。 思えば、慣れない敬語で野崎との距離感を計っていたあの頃からは随分時が経った気がする。 いつの間にかタメ語になり、互いに軽口を叩き合えるようにもなっていた。 これで終わり、にはしたくなかった。 「先生は、俺が卒業すんの寂しい?」 「…そうだね。僕の生徒第1号もとうとう卒業かぁ…。」 授業を持っていたひとつ上の学年は、一年前に卒業している。それでも彼にとっての生徒第1号は晴樹なのだ。あんなやりとりを覚えてくれていたことが、嬉しかった。 3年間、いろんなイベントがあった。 体育祭、文化祭、修学旅行に合唱コン。 どれも楽しかったが、野崎とは関わっていない。 唯一関わったのが、参加しなかった入学式だ。 なのに、晴樹にはこんなにも多く野崎と過ごした時間がある。 個人的な想い出をもとに卒業アルバムを作るなら、4分の3は野崎で埋まってしまうだろう。 「俺、先生いなくなったら生きてけないかも」 それはぽつりと零れた。 「って、冗談だけどさ!」 はっとして、取り繕う。 「三森どうしたの、今日」 野崎はくすくすと笑った。 変わらないその笑顔を、ずっと見ていたいと思った。

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