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第4章ー2

 自分の耳が正常ならば、今イザナは自分に“番”になれと言った。  “番”とは神の寵愛を受ける巫子のことだ。巫子は神を癒し、神は巫子と交わることで巫子と巫子と繋がりの深い地に恩恵をもたらすとされているのだが――クガミ自身は巫子でもなんでもない。ただの守人にしか過ぎないのだ。  神は本能的に巫子を求め、巫子は本能的に神を求める。と、本で読んだことがあったが、あれは嘘だったのだろうか?  それとも、目の前の神が頭がおかしいのか? 「……冗談、だろう?」 「いいや、本気だ。お前のような変わったやつを求めていた」  もしかすると、神域に立ち入ったことに対しての仕返しがまだ続いているのかもしれない。そんな可能性も考えたのだが、クガミを見つめるイザナの真剣な眼差しの中に嘘は一つも見受けられなかった。  クガミは顎を掴むイザナの手を払い除ける。そうして、怖いほど真っ直ぐにクガミを見つめるイザナの視線から逃げるように顔を逸らした。 「他を探してくれ。俺は、巫子ではない。それに、ヨキを探しに行かなければならないんだ」 「……ヨキ、か。そいつは、お前の何なんだ? 気を失っていた時にも名を呼んでいたが、どんな関係だ?」  イザナに尋ねられ、クガミは悩んだ。はたして、どう伝えたものか。きっとイザナはクガミとヨキとの関係を邪推しているのだろう。あの赤の瞳が、探るようにこちらを見ているはずだ。  数分悩んだ末―― 「ヨキとは、ただの幼馴染だ。ヨキは巫子で、俺はその護衛をしていた。ただ、この場所に来る時にはぐれてしまった」  と、事実だけを告げた。何も、わざわざ自分から“ヨキに片想いしている”などといらない情報を話す必要はない。 「巫子、か……」  イザナが静かな声で呟く。視線をイザナの方へと戻すと、唇に拳を当てなにやら考え込んでいる様子でもあった。 (何を考えているのかは知らないが、今のうちにここを離れるか……)  そろそろとクガミは立ち上がる。帰り道の心配はあるが、クガミを傍に置きたがっているイザナが素直に帰り道を教えるとは思えない。神域内がどうなっているかは不明だが、来ることが出来たのだから帰ることも出来るはずだ。  クガミは側に置いてあった荷物を引っ掴むと、足早にその場から離れようとした。剣だけが手元にないのは心許ないが、神域内にはあるはずだから運がよければ途中で拾えるかもしれない。そんなことを考えながら三歩ほど進んだところで、グッと小袖の襟を後ろから掴まれたクガミは足を止めるしかなかった。  勿論、クガミにこんなことができるのはこの場においてイザナしかいない。

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