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第4章ー4

 膳の上に乗る料理が四分の三ほどクガミの腹の中に消えた頃、それまでクガミが食事する姿を静かに見ていたイザナがようやく口を開いた。 「食事は俺の住む場所で作った。理由があって今はお前をそこには連れて行けない。あと、食材は供え物であったり、俺自身が森で調達したりする。ごく偶に都で買出しをすることもある」  先ほど質問に対する答えらしいが、思ってもみなかった意外な回答にクガミは煮魚の骨を取り除いていた箸を止め、イザナを見た。 「買出し? しかし、人間には神の姿は見えないだろう?」  イザナに会うまでは、クガミも神の姿など見たことがなかった。それに、幼い頃から聞いてきた話では巫子以外の人間には神の姿は見えず、声も聞えないとされていて、クガミもイザナに会うまではそれが本当だと思っていた。  しかし、今のクガミにはイザナの姿がはっきり見えているし、会話を交わすことも出来る。一体、これはどういうことなのだろうか? 「そんなもの、俺くらいの力の強い神であればどうにでも出来る。現にお前は俺の姿が見えているだろう」  フン、と鼻を鳴らすイザナに、クガミは納得がいったとばかりに頷く。神に力の弱いものや強いものがいるというのは聞いたことがあったが、力の強いものであればこうやって人間の前に姿を現すことが出来るなど、イザナに出会わなければ一生知らなかっただろう。  それがクガミにとって良い事か悪い事かは、まだ判断がつかないが――少なくとも今のクガミはイザナのとのこの会話を厄介だとは感じていなかった。  煮魚の最後の一切れを口の中に放り入れ、クガミは綺麗に平らげて空になってしまった膳を前に両手を合わせた。「ご馳走様」と口にすると、イザナがクガミの目の前で嬉しそうに笑った。 「綺麗に平らげたな。人間と違って食事の必要は神にはないのだが、お前がこうも喜ぶならば俺の道楽も無駄ではなかったわけだ」  飯粒一つ残っていない器を満足げに見つめるイザナに、クガミは背がむず痒いような気分になる。  昔から、クガミは自分に向けられる愛情や好意といった感情に慣れない。義父、義母であるヨキの両親はクガミを我が子同様に育ててくれたが、“拾い子”であるという意識がクガミの中には常にあった。だからこそ、守人になると同時にヨキの家を出て一人暮らしを始めた。  一人暮らしをしている間は、自分で食事を作っていた時期もあったが、面倒になっていつも汁物に雑穀を入れ煮た美味くもなんともないもの食べていた。ヨキの家で稀に食事をすることもあったが、そういう時は必ずヨキも一緒だった。だから、こうやって自分一人のために作られた料理を食べるのは今回が初めてだったのだ。 「……比較出来るほど他の人間が作った料理を食べたことが無いから分からないが、……アンタの料理は美味かった」  慣れない感想を口にして気恥ずかしくなったクガミは、頬を指先で掻いた。イザナから視線を逸らし空になった器を見ていると、ポン、とイザナの手がクガミの頭を撫でる。 「また食わせてやる。なんなら、特別にお前の好きなものを作ってやってもいい」  視線を落としているからイザナの表情は分からない。が、僅かに弾んだように聞こえる声からは慈しみを感じ、クガミは居心地の悪さに身体をもぞもぞと動かした。 (……慣れない、な)  ヨキに世話を焼くことはあっても、義父母以外から世話を焼かれることはほぼなかった。こうやって甲斐甲斐しく世話をされると、どう反応すればいいのか分からない。  クガミはゆるく首を横に振り、頭に乗るイザナの手を軽く払いのけた。 「……いや、いい。その――、それよりヨキを見つける方法を教えてくれ」  和やかな空気を断ち切るように、クガミは本題を切り出した。自分には、馴れ合いなど必要ない。クガミがイザナに大人しく従ったのは、ヨキを探しだす方法を知るためだ。  ヨキを探す方法が分かったならば、イザナに用はない。だからこそ、もう彼の作った料理を食べることもないのだと思うと、ほんの少しばかり惜しいと感じてしまうのは、きっと気のせいだ。  払いのけられた手で、膳を持ち上げ己の脇へと退けたイザナが、ずいとクガミの方へ身を乗り出してくる。 「巫子を見つける方法は、簡単だ。俺と共に居ればいい」  な、簡単だろう? とでも言うように笑みを向けられるが、クガミはイザナにからかわれているとしか思えなかった。 「……冗談を言っていないで早く教えてくれないか?」  苛立ち混じりの声がクガミの喉から出る。気が急いている今のクガミに、イザナの冗談に付き合っている余裕はない。しかし、イザナはクガミの言葉が心外だといわんばかりに大仰に肩を竦めた。 「冗談を言ってるつもりはない。これが一番手っ取り早い方法だ」  クガミは言葉の裏を探るようにイザナの赤い瞳を覗き込む。が、そこには澄んだ色が浮かぶだけで、イザナが嘘をついている気配はなかった。

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