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第4章 5

 一先ずは信じることにするが、イザナと共に居ればヨキを見つけることが出来る、というのはどういうことなのだろうか?  イザナが自信たっぷりに言うくらいであるから、まさか手分けして探すなどといった原始的な方法ではないと思いたいが―― 「……アンタと一緒に居て、どうやって探すんだ? まさか神の力で探し出しでもしてくれるのか?」  端から期待はしていないからこそ冗談交じりに尋ねると、案の定と言うべきか。イザナがいいや、と頭を横に振った。 「残念だが、神の力は万能ではない。俺は櫻ノ国の最高神だが、出来ないこともある。例えば、人の死を覆したり、俺自身の消滅を覆したりはできない。他にも、巫子に関しては行使できる力について色々と制約もある」 「それならば、どうやってヨキを探すんだ。闇雲に探すのと同じにしかみえないが……」  イザナの返答次第では、直ぐにこの場を発つ事も考えつつクガミは答えを待った。すると、イザナが唇の片端を持ち上げ、彼自身の高い鼻梁の先を指先でツン、と突いた。 「匂いだ。お前も天津に生きるものならば聞いたことくらいあるだろう? “神は本能的に巫子を求め、巫子は本能的に神を求める”。神は巫子の発する清浄な気を好み、惹かれる。そして、巫子の気は各個人で匂いが違う。幸い、ヨキとかいった巫子の気なら、お前がこの神域内に入り込むより少し前に感じ取った」  イザナのその言葉に、クガミの肩がピクリと動く。もしかすると、これは直ぐにでもみつかるかもしれない。いや、この神域内にいる可能性もあるかもしれない。 「そう、なのか? それならば、ヨキはアンタの神域内には――」  期待が高まり、握り拳を作りながらイザナに詰め寄る。が、イザナは渋い顔で、いいや、と答えた。 「巫子の気を感じたのはほんの一瞬だった。それがどうにも気にかかってな。そうして、神域内を探っていたら、クガミ――お前がいたというわけだ」  なるほどそんな経緯があったのか、とクガミは納得した。確かに、そんな不審な事が起きれば侵入者であるクガミに警戒もするだろう。 「だから、あの時アンタは“なんの目的で入ってきたのか”と訊いたのか」 「まあな、それに巫子の気を感じる少し前に俺の神域に干渉する別の力を感じ取ったのもある」 「別の力?」  クガミは不安に騒ぐ胸元を押さえた。単に、自分やヨキがイザナの神域に入り込んでしまっただけだと考えていたが、イザナの話を聞いた後では何やらきな臭い匂いを感じる。 (……思い過ごしならいいんだが)  どうにも胸騒ぎがする。ヨキもクガミ自身も、知らないうちに何か大きなものに巻き込まれてしまったのではなかろうか。だとしたら、何年もかけて悠長にヨキを探し出すことは出来ない。  クガミは焦燥感に駆られ、歯噛みする。その目の前で、イザナが苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。 「普段ならばどの神の力か特定できるのだが、力の持ち主が何かしらの細工を施していたようでな。まったく特定が出来ん。それと、お前がこの神域内に引き込まれることになったのは、その力が俺の力とぶつかった時に生じた歪みのせいだ」  イザナの説明でクガミが思い浮かべたのは、あの真っ黒な口を開けた大きな穴だった。なるほど、あれが歪みであったのか。それならば、クガミが通った後跡形も無く消えたのも、唐突に現れたのも納得がいく気がした。 (……それにしても、これからどうしたものだろうな)  クガミとしては直ぐにでも動きたいところであるが、確実に且つ早くヨキを見つけるためには、やはりイザナの協力が必要なのかもしれない。そんなふうに思い始めていると、不意にイザナが真剣な表情でクガミに向かって深く頭を下げた。 「すまなかったな」  聞えてきた謝罪に、クガミは一瞬呆気にとられる。クガミの目から見たイザナは、自身に非など全く無いと言うことはあっても、自身の非を認めるようには見えなかったからだ。 「不可抗力とはいえ、お前達を巻き込んでしまったことは詫びる」  巻き込まれたのは事実だが、素直に謝られてしまうと怒る気にはなれない。それに、神にこう頭を下げられるのも、落ち着かない心地だ。 「いや、別に――アンタだけのせいではないんだろう?」  だから頭を上げてくれ、と言うと、ようやくイザナは頭を上げてくれた。 「俺だけのせいではないとはいえ、お前が巫子と離れてしまったのは事実だ。お前にとってはこの神域に迷い込んだのは不運だろうが、俺にとっては幸運だな。お前を知ることが出来た」 「……ッ」  直球過ぎるイザナの言葉に、クガミは絶句する。自分ならば、イザナのような台詞は口が裂けても言えないだろう。それだけに、なんの躊躇いもなく気持ちを素直に言い表せるイザナを少し羨ましく思う。  自分がイザナのような性格であれば、ヨキとの関係性も変わっていたかもしれない。しかし、所詮無いものねだりだ。クガミ自身、自分の性格はよく知っている。  素直になれない上に、人から向けられる好意に尻込みしてしまう。その上、頭も硬く面白味もないごく普通の人間でしかない。  劣等感を刺激されたクガミは、 「……確かに、不運かもな。あんな目に遭うとは思ってもいなかった」  と、蒸し返すような嫌味を口にしていた。それを聞いたイザナが、仕方がないだろう、とムッとした声を出した。 「あの時は、ああしなければお前の身が危なかった。それに、俺の眷族達も同胞を屠られて腹を立てていたようだからな」  最早開き直りのような気もするが、あの陵辱にも理由があったのだと知ったクガミは、今度はその理由がどういったものなのか気になった。 「危なかった? どういうことだ?」 「巫子ではないお前の身体が、俺の神域内に充満している俺の力に耐え切れないからだ。巫子であれば、幼い頃から神の力に慣れさせるための訓練をしている。だからこそ、神域内に入り込んだとしても身の消滅を防げるのだが……お前は、巫子ではないからな。荒療治ではあるが、消滅を防ぐには急いで俺の力をお前の中に入れ、馴染ませる必要があった」  まあ、多少悪乗りしてしまった部分もあったが、と付け足すイザナをクガミは唖然とした表情を浮かべ見ていた。というのも、イザナから聞いたことがあまりにも衝撃的だったからだ。そんな危機的状況下に自分が置かれていたなど、露ほども知りはしなかった。 「神域に入ってから、身体に不調を感じなかったか?」  イザナに問われ、クガミは、あ、と思い当たる節があった。 「ああ、だが……ただ、疲れているだけだと思っていた」 「疲れではない。お前の身体が、俺の力に悲鳴を上げていたんだ。そのまま放っておいたなら、数時間後には動けなくなり徐々に消滅するはずだった」  告げられるイザナの言葉にクガミは今更ながら恐ろしさを感じた。

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