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第5章 探し人 1

 水浴びをした後、用意された着流しに袖を通したクガミはイザナの住処へと案内された。  大きな桜の老木のほど近くに建つそれは不思議な造りをしていて、クガミを驚愕させた。  というのも、緑の少ない宵ノ国では木材は高価で、潮風に晒されることも多いため腐食してしまいやすく建築材としても向かない。そのため、家を建てる際に石を使うところがほとんどであった。だからこそ、クガミは木材で出来た家を目にするのは初めてで、不思議な造りだと感じたのもそのせいが大きい。  その上、今まで目にしたことがないほどに広く、その広い平屋全体の壁や美しい翡翠色をした瓦屋根に緑の蔦が這っていた。  玄関だと思しき引戸を潜り、暫く長い廊下を歩いて通された先は、“畳”と呼ばれるものが敷かれた部屋で。クガミはそこで一晩を明かすことになったのだが―― (…………眠い)  クガミは今にも上瞼と下瞼がくっ付いてしまいそうな瞳を擦った。守人の剣術稽古だとかいった関係で早起きには慣れていたはずだったのだが、殆ど一睡も出来ていないとなってはそれも意味をなさない。  身体は疲れているはずであったのに、ヨキの安否や嗅ぎなれない畳や桜の香りに心乱され、その上外が明るいままであったせいで寝付くことが出来なかったのだ。  ようやくうとうとし始めた頃に、イザナがやってきて叩き起こされたせいで機嫌もすこぶる悪い。 「ほら、しゃっきとしろ。濡れた布を持ってきてやったぞ。これで顔を拭え」  ぼんやりとしたままのクガミの手に、濡れた布が握らされる。朝から――かどうかは分からないが――元気な神だ。それに、昨日も思ったが妙に甲斐甲斐しい。お前は俺の母親か、とクガミらしくも無い文句が頭の中に浮かぶ。  冷たい布でぐしぐしと顔を拭い、少しばかり眠気が遠ざかる。それでも油断すると出そうになる欠伸を噛み殺しつつ、クガミは目尻に浮かんだ涙を手の甲で乱暴に拭った。いつまでものんびりしてはいられない。昨日、一昨日とヨキを探す時間を無駄に浪費してしまっているのだ。  クガミは気を引き締めなおすと、それで、と口を開いた。 「今日から、本格的にヨキを探そうと思う。これ以上、時間を無駄に出来ない」  クガミは、自分の正面で畳の上に胡坐をかいているイザナに視線を向けながら言った。  イザナが、ふむ、と考え込むように拳を唇に当てる。 「確かに、状況が状況だから時間をかけすぎるのはまずいな」  だが、とイザナが続けた。 「ここは人の世と流れる時間が異なる。今はお前の体力を回復させるために、時の流れを一時的に早めているから、外の時間としてはお前がこの神域に足を踏み入れてから数時間程度しか経っていない」  クガミが目を丸くする。眠気も今ので完全に吹き飛んでしまった。 「……そんなことも出来る、のか?」  半信半疑、といったふうに尋ねるとイザナがふふん、と鼻を鳴らして笑った。 「俺くらい力があれば、な」  俄かには信じ難いことだが、イザナの様子からするに嘘をついているわけではなさそうだ。それにイザナの不可思議な力は目にしている。だから、イザナが言うのならば本当のことなのだろう。  しかし、神の力というのは凄いものだ。これが今は自分の利になるように働いているが、もしイザナの怒りを買ってしまいこの力を敵として向けられたのならば、と思うとゾッとする。クガミはどことなく得意げな様子のイザナを見ながら、そんなふうに考えていた。   と、イザナが何かを思い出したのか「ああ」と声を上げた。 「それから、俺ならば櫻ノ国のどの場所であろうと瞬きの間に行くことが出来るぞ」  またしても得意げな様子のイザナに、クガミは首を傾げる。 「……どういうことだ?」    それはだな、と真面目な顔をしたイザナがピンと自身の白い指を一本立てて言った。 「神は、御神ノ道(みかみのみち)を繋げることができる。御神ノ道というのは、言葉の通り神の通り道だ。これによって神は様々な場所へ一瞬で行くことが出来、神の力の強さによって移動できる範囲も広がる。俺は最高神だからな。櫻ノ国内であれば、どこへでも一瞬で行き来が出来るというわけだ。どうだ? これを聞いても、まだ一人で探すつもりか?」  イザナの説明を聞き終えたクガミは、畳を見るともなしに見ながら暫し考え込んだ。

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