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第5章 4

 建物と建物の間の人一人やっと通れそうな路地を抜け、少しばかり道幅の広くなった通りを暫く歩くと、大きな通りに出た。が、目に入ってきたのは通りを埋め尽くさんばかりにいる人の群れで、クガミは絶句した。  どこを見ても人、人、人で。それが四方八方に動いている。速い歩調だったり、遅かったり。立ち止まって通りの両脇に建つ店を覗き込んでいる者もいれば、知り合い同士なのか楽しげに会話しながら歩く者もいる。  喧騒なんて表現では生ぬるいほどの騒がしさで、思わずクガミは顔を顰める。耳を塞ぎたい気分だった。 『すごいだろ? 慣れない内はこの人ごみで酔う奴も多い』  だろうな、とクガミは心の中で相槌を打つ。こんなに人の多い場所にいたことがないクガミは今すぐにでもここから立ち去りたいとすら思ってしまう。だが、ヨキを探すためにも尻込みしている場合ではない。クガミは拳を握り締め、人ごみの中へと突っ込んだ。 『ここは比較的街の入り口の方に近い。そのまま通りの奥の方に見える大きな建物に向かって歩け』  聞えてきたイザナの声に、クガミは少し伸び上がるようにして辺りを見回した。こんな時ばかりは上背があって助かった。 (……ああ、あれか)  距離がある上に店から上がる煙で若干煙ったように見えるが、イザナの言った通り通りの一番奥のほうに大きな朱塗りの建物があった。いったい何の建物なのかは見当がつかないが、観光に来たわけではないのだし知る必要もないだろう。  押しつ押されつ、揉みくちゃになりながらも進んでいくと、不意にイザナがクガミの右肩を掴んだ。  どうした、と視線を向けると真剣な表情で前方を睨んでいる。 (……一体、何が?)  そう思い、クガミはイザナの睨みつけているその方向に目を凝らしてみる。が、多くの人が行き交うばかりで、変わった点は見受けられない。何もないじゃないか、と云わんばかりにクガミはイザナのわき腹を肘で突く。 『一瞬、ヨキの気に似たもの感じたんだが……俺の気のせいだったようだ』  前方を気にしつつも、イザナがそう言った。  気のせい、と言いつつも真剣な表情で前方を見つめるイザナにクガミは引っかかりを覚えた。しかし、ヨキの気というものがわからないクガミには、イザナの言葉の真偽を判断できない。  結局、人の目もあってイザナに追及出来ないままクガミは再び歩き出した。  あの後、目印にして進んだ大きな朱塗りの建物の前まで歩いたが、ヨキを見つけることは出来なかった。注意深く辺りを見ながら進んだのもあって、気が付けば相当な時間が経過していたようでクガミ達の頭上には濃紺の空が広がり、星が瞬いている。  慣れない人ごみでの人探しと寝不足で、クガミの口からハァ、と大きな溜息がこぼれ出た。剣術の稽古でもかつてこんなに疲れたことはなかったかもしれない。 『暗くなったことだし、今日は一度神域に引き上げるか』  傍らのイザナに促されるも、クガミは首を縦に振らない。無理をしてもいい結果にはならないことは理解していたが、まだヨキに至る痕跡を何も掴んでいないうちに戻ることは出来ないといった気持ちがあったのだ。  もう少し。あと少しだけ探してみよう。疲れの溜まった身体を無理矢理動かし、来た道を引き返そうとしたのだが、腕をイザナに掴まれ引き留められてしまう。 『今日はもう終いだ』  一方的に言い、イザナがクガミを強引に引き摺り建物の影に連れ込もうとする。 「っ、……!!」  クガミはイザナの手を振り払った。ヨキが見つからない苛立ちと焦りがクガミから余裕を奪っていく。 「アンタだけ先に帰ってくれ。俺はもう少し探す」  苛立ちの交じる小さな声でそう告げると、クガミはイザナに背を向けた。  イザナは悪くない。ただクガミの体調を気遣って言ってくれているだけだ。しかし、一刻も早くヨキを見つけたいクガミにはイザナの気遣いは重く、鬱陶しく感じられた。  そのまま来た道を引き返そうとするクガミの腕を、イザナが再び掴んだ。 『そんな勝手許すか。疲れている状態で探すのは非効率的だ。それはお前も分かってるだろ』 「それ、は……だが……」  冷静なイザナの声に諭され、クガミの足が止まった。疲れていると集中力も落ちるし、機動力も落ちる。そんな状態で人ごみの中からたった一人を探すのは、無謀だ。しかしだからといって、このまま帰ってしまうのも躊躇われる。もしかしたら、何かの奇跡でヨキとばったり会えるかもしれない。そんな期待をクガミは捨て切れなかった。  中々動こうとしないクガミにイザナが痺れを切らしたのか、 『お前の言い分は聞かん。ほら、帰るぞ』  と、掴んだままの腕を強く引かれた。そうして、建物の影に押し込められたと同時にイザナが開いた御神ノ道の入り口である真っ暗な穴の中に放り込まれてしまった。

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