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第6章 別離 1

「今日も、手掛かりすら無し、か……」  櫻ノ国の首都、ハクオウに始めて訪れた時より一週間ほどが経過したが、未だにヨキの足取りすら掴めていない状況にクガミは焦りと苛立ちを覚えていた。  寝る時間を除いて一日の殆どをヨキの捜索に割きハクオウ中を探し回ったが、情報一つ出てこない。確かにハクオウは大きな街ではあるが、これだけ時間を割いて探して何も情報が得られないのは流石におかしい気がする。もしかすると、ヨキは既にこの街にはいないのかもしれない。そんなふうにクガミは考え始めていた。  それに、イザナも今一つ信用が出来ない。  別に、イザナがヨキを隠している、などと疑っている訳ではないが、ほんのちょっとした言動に違和感を覚えるようになったのだ。  一つは、いつも夜が訪れると神域に戻ろうと促す点。始めはクガミ自身の体調を気遣って言っているのだろうと疑わなかったのだが、体調が回復したその後も必ずイザナは夜になると捜索を打ち切ろうとするのだ。イザナに従わず捜索を続けようものなら、無理矢理神域へと返されてしまう。  もう一つは、クガミが捜索している時にイザナが考え込む時間が増えた点だ。人ごみを歩いている時、或いは店先で人ごみを眺めている時。不意に、イザナが鋭い眼差しで前方を睨み、何かしらを考え込んでいる姿をよく見るようになった。どうしたんだ、とクガミが尋ねるも、イザナは『気のせいだ』、『俺の思い過ごしだ』などと誤魔化すような答えしか返さない。  そういったことが少しずつ積み重なって、クガミの中でイザナに対する不信感として育ってしまったのだ。 (このまま、イザナと行動していいのだろうか?)  今日もそんな疑念を抱きながら、クガミは寝床から起き上がった。障子から薄っすらと朝日が差し込んでいる。ヨキ捜索初日、クガミが寝不足だったことにイザナは気付いていたらしく、その翌日から神域にも夜が訪れるようになったのだ。 (さて、これからどうするか……。イザナとは一旦別行動を――――)  と、そこまで考えたところで、クガミはその思考のおかしな点に気が付いた。 (一旦も何も、ヨキを見つけ出すまで仕方がなく一緒に行動しているだけだったはずだ)  気を送るという名目で毎日口付けを繰り返される内に、自分はおかしくなってしまったのだろうか。そんなことを思いつつ、くあ、とクガミが欠伸を噛み殺したところで襖が開けられる音がした。  どうせ、イザナが着替えを持って来たのだろう。クガミはそう思っていたのだが 「あれ? 知らない子がいる」  と、聞いたことのない女性のような透き通った高い声が耳に届き、クガミは寝床から半身を起こした状態で固まった。  声のした方向に視線を向けると、そこには新緑を思わせる色の長い髪を一つに結い上げた、美しい緑の瞳の女性が立っていた。着物にしては裾の随分長い緑色の衣服を身に纏い、珍しそうな表情でクガミをジッと見ている。  目尻に向かって垂れた瞳に、色気を感じさせるぽってりとした唇。おっとりした雰囲気の美女に起き抜けの油断した格好を見られ、クガミは動揺していた。  そんなクガミの内心を知らない女性は、じっとクガミを見つめた後、白く細やかな手を自身の唇に当てながら首を傾げた。 「んー、イザナの巫子? でもなんか――――って、あー!! ヤエだ!! ヤエさんだ!!」  彼女の中では何か解決したのだろうが、彼女の思考など読めないクガミには全くもって意味が分からない。ただ、一人で彼女が騒いでいるようにみえるだけだ。 「……その、貴方は?」  クガミの寝床の周りを嬉しそうにぐるぐると動き回る女性に向かって、クガミは遠慮がちに尋ねた。  女性がクガミの真正面で動きを止め、またしても首を傾げる。 「あれ? 覚えてない? ヤエさんとは、よく一緒に遊んだよね?」  そう尋ねられても、クガミはヤエという人物ではないから、当然彼女と遊んだ記憶もない。しかし、彼女が勘違いするほどであるから恐らくその“ヤエ”という人間は自分と容姿が似ているのだろう。その自分に似た“ヤエ”に興味を持ったクガミは、女性に話しかけた。 「その、ヤエ、というのは誰なんだ?」 「え? ヤエさんじゃないの?」 「違う。俺は、クガミだ」  クガミがそう言うと、女性の瞳がこれ以上にないくらいに見開かれた。そうして、数度瞬きをして食い入るようにクガミを見つめた後、女性自身も人違いであったことに気が付いたのか、先ほどまで喜色満面の笑みを浮かべていたその顔が曇った。 「……クガミ……。あれぇ、おっかしいな? ヤエさんにそっくりだったから、ヤエさんだと思ったのに」  別の人間に間違われたのはクガミであるが、女性のあまりにも悲しそうな様子を見ていると怒る気すら失せてくる。 「そんなにそっくりなのか?」  クガミの問いかけに女性はすぐさま頷いた。 「髪の色と、肌の色は違うけど。顔なんて本当にそっくり」 「そうなのか。で、その、ヤエというのは?」 「私とイザナの親友。イザナの前の桜の神よ」  女性の返事を聞きながら、クガミは一人納得していた。彼女がイザナの友人であれば、確かにこの場にいても何ら不思議はない。

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