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第6章 2

(……しかし、まさかイザナにも友人がいたんだな)  クガミは、変な驚きを感じていた。  ここ数日イザナの屋敷に寝泊りしているが、彼の口から友人の話など一言たりとも聞かなかったから、てっきりそういった存在はいないものだと勝手に思い込んでいた。それに、神とは孤高のであるといった印象があったから、イザナにも人間の自分と同じ様に友人がいるのだと思うと身近に感じられて、なんだか不思議な気分だった。  と、クガミがそんなことを思っていると、どたどたと屋敷を歩き回る荒々しい足音と共にイザナの声が聞えた。 「クシゲ!! 何処にいるんだ!!」 「あ、イザナ!! こっちにいるよ!!」  女性が床からぴょこん、と飛ぶように立ち上がり嬉しそうに声を張り上げる。すると、次の瞬間廊下に続く襖が勢いよく開かれた。勿論、襖の向こう側に立っていたのはイザナで、クシゲと呼ばれた女性を見て眉間に皺を刻んでいた。 「……はあ、お前な……。俺は、お前に勝手に屋敷の中を歩くなと言ったはずだぞ」 「ごめんね。何か、感じたことのない気があったから」  怒気の滲むイザナの様子に怯むことなく、クシゲが舌をぺろりと出しおどけた調子で答える。  全く悪びれないクシゲに毒気を抜かれたのか、イザナがなんともいえない表情を浮かべたまま自身の赤い髪を手で乱暴に掻き混ぜた。  参った、とでも顔に書いてありそうなイザナを見るのは初めてのことだった。二人の様子を珍しげに眺めていると、クシゲが小走りにイザナへと駆け寄っていき、イザナの目の前で足を止めると「それよりも!!」と声を上げた。 「イザナ!! クガミはイザナの巫子なの? それに、ヤエさんに似てるのはどうして?」 「おい、落ち着け。それと、質問は一つずつにしろ」  詰め寄った上、矢継ぎ早に質問を浴びせてくるクシゲに、鬱陶しげな表情を浮かべたイザナが後退りする。が、クシゲはイザナの言う事をまったく聞いていないようで、「早く、早く!!」と急かすばかりだ。  観念したイザナがハァ、とクガミの耳にも届くほど大きな溜息を吐き出した。 「こいつは、まだ俺の巫子じゃない。それと、ヤエに似ている理由は……俺も知らん」  イザナのぶっきらぼうな口調で告げられた答えに、クシゲは「そっか、イザナでも知らないなら仕方がないね」とそれ以上追及することはなかった。が、クガミはイザナが答えている途中変な間があったことがどうにも引っ掛かっていた。確証はないが、ヤエとクガミが似ている理由を知っていてはぐらかしたような、そんな印象を受けたのだ。 (深く考えすぎか……?)  イザナのことが信用ならないから、クガミが穿った見方をしてしまうだけなのかもしれない。それに、大陸にはクガミの想像が追い付かないほどに多くの人間が生活をしているし、神も人間と同じか若しくはそれ以上にいるとされているから、クガミに似た者がいたとしてもなんらおかしくはないのかもしれない。 (気にしすぎているのかもな……)  自身の思考に一区切りをつけたクガミの目の前では、イザナの周りを回りながらぴょんぴょんと嬉しげにクシゲが跳ねている。 「ねぇねぇ、イザナが自分の屋敷に招いてるってことは、クガミのことをすっごく気に入ってるってことだよね!!」 「ああ、口説いている最中だ」  恥ずかしげもなくイザナが答え、流し目をクガミに寄越した。しかし、クガミは素知らぬ顔でそれを受け流し、別の事に思考を巡らせていた。 (何故、こうも気に入られてるんだ?)  出会った当初イザナはクガミに敵意すら向けていたというのに。今は敵意の“て”の字すら見当たらない。クガミが覚えている限りでは、嫌われるような言動をとったことはあれど、クガミに好かれる様な言動をとった覚えはないはずだ。  もしや、虐げられて悦ぶ性質なのだろうか。そうであるならば、悪い意味で彼を見る目が変わりそうだ。 「そういえば、クガミみたいな子が好きって言ってたか」  それまでイザナの周りをくるくる回っていたクシゲが、ぴたと動きを止め、そうしてクガミの方を向いた。新緑色の長い髪がクガミの方を向いた拍子に揺れ、まるで動物の尻尾のようだと、クガミはぼんやり思った。  人懐っこい笑みを浮かべたクシゲが「よかったね、クガミ!! イザナは、きっとクガミのこととっても大事にしてくれるよ!!」とクガミに詰め寄るなり、手をがっしりと握ってきた。唐突な彼女のその行動に、クガミは半身を仰け反らせる。  相手が女性ということもあって払い除けるようなことはしなかったが、あって間もないというのにこうも距離を詰められるのは好きではない。クガミは顔を引き攣らせながら、いいや、と首を横に振った。 「俺は、巫子になるつもりなどない。大体、俺はただの守人だ」  イザナには巫子の素質があると言われたが、素質があるからといって巫子になりたいかと問われると答えは、“否”だ。自分には守人の方が性に合っている。舞を踊るのも、楽器を奏でるのも得意ではないし、座学よりも剣術や体術といった身体を動かすものの方が好きだ。  それに、巫子になる理由がない。クガミが守人になったのは、ヨキという理由が存在していたからで、ヨキが神の番となった後は、守人も辞めようと思っていたほどだ。

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