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第6章 7

「ありがとう、ヨキ」  連れ出したイザナを社から少し離れた地面の上に寝かせながら、クガミはヨキに言った。彼がこの場にいなかったら、クガミはイザナの不調の原因に気付くことも、穢れを払ってやることも出来なかった。 「ん、別にいいよ。幼馴染のよしみだし」  気にするな、とでもいうふうにヨキが手を振って笑う。  普段辛辣な物言いの多いヨキだが、こういったさりげない優しさや気遣いをたまに見せる。それも、打算や下心などなく、素でさらりと出来てしまうところがヨキのいいところだ。勿論、本人の前でそれを口にすると『恥ずかしいから、やめてよ!!』とお叱りが飛んでくるので言わないが。  ヨキと数日離れている間、イザナに好意を向けられ情のようなものが移ってしまったが、やはり自分が好きなのはヨキだけだ。これからもヨキが自分を必要としなくなるまでは側に居たい、と自身の気持ちを再確認していると、細い月明かりの下、思いつめたような表情で自分を見ているヨキが目に入った。  そういえば、イザナのことに気をとられ聞くのをすっかりと忘れていたが、ヨキは何故こんな場所にいるのだろう?   ここに来るまでの路地は細く分かりにくい上、寂れた社くらいしかない辺鄙な場所だ。それこそ用事でもないかぎり近付かないような場所に、ヨキは一体何をしにきたのだろうか? 「どうしてこんな場所にいたんだ?」  今更な質問に、ヨキがきょとんとした表情を浮かべ、ややあってから細く白い指でヨキ自身を指した。 「それ、僕に言ってる?」  クガミは「ああ」と頷く。ここにはいまだ目覚めないイザナを除くとヨキと自分しかいない。 「それはね……」  ヨキがクガミに近付きながら言葉を切る。  少しでも動けば身体がぶつかってしまいそうな距離感と間近に見るヨキの笑みに違和感と嫌な予感を覚え、クガミは無意識の内に後退りしていた。 「君にお別れを言いにきたんだ」 「え……?」  悲しげなヨキの声が耳に届いたのと同時に、クガミの視界に細い月明かりを受けて鈍く光る何かが映りこみ、クガミは咄嗟に身体を捻りソレをかわした。とはいえ、至近距離。しかも不意であったこともあって完全に無事とはいかず、右上腕部が布地ごと浅く切り裂かれてしまっていた。  傷自体は浅く出血は僅かなようだが、それ以上にヨキから攻撃を受けたことに対してクガミは酷く動揺していた。 「っ、何を……」  揺れる声でクガミは問う。  これは何かの間違いか、そうでなければ悪い夢に違いない。そう思いたいのだが、薄皮一枚裂かれた腕から伝わってくる痛みは紛れも無く現実のものだ。更にクガミに追い討ちを掛けるように、目の前には刃先を赤色で濡らした小刀を握り締めたままのヨキが居た。 「ちょっと、避けたら駄目だって。僕、こういったことするの初めてだし、苦しませたくもないからジッとしておいてよ」  自分を傷つけたのはヨキであるのに、小刀を握るヨキの表情はまるで今にも泣き出しそうな表情だ。彼の中でも葛藤があるのだろう。小刀を握り締めているヨキの手がクガミの目にも分かるほどガタガタと震えていた。  クガミも動揺していたが、自分を害することに対して躊躇しているヨキを見ていると少しずつ冷静になってくる。 「……ヨキ、止めるんだ。お前だってこんなこと望んでないんだろう?」  ヨキを刺激しないように気をつけながら、クガミが諭す。しかし、ヨキの手は小刀を握り締めたままで、変わらずその刃先はクガミの方を向いていた。  ヨキを苦しませるくらいならば、ヨキの手にかかってもいい、などと馬鹿な考えが一瞬頭の中を過ぎるが、きっとヨキのことであるから正気に戻った時、自分を殺めたことを後悔し苦しみ続けるに違いない。 (こうなったら、……武器を奪うしか……)  流石に武器が無くなれば、ヨキも多少は落ち着くはずだ。武器を奪う際に、ヨキに怪我させてしまわないかが心配だが、非常事態であるから躊躇っている場合ではないのかもしれない。  やるしかない、と腹を括ったクガミが飛び掛る頃合を計りながら対峙していると、ヨキが悲しげな声で呟いた。 「僕ね、クガミのことは嫌いじゃない。兄さんみたいな存在だって思ってた。でも――――」  ヨキの銀色の瞳が、クガミを捉える。聞いてはいけない、とクガミの頭が警鐘を鳴らしていたが、耳を塞ぐよりも早くヨキの声がクガミの耳に届く。 「好きなのと同じくらい、君の事疎ましく思ってた」  祝詞を歌い上げたその唇で紡がれた呪詛のような言葉は、クガミの胸を深く抉った。  指先が、唇が。どうしようもなく震える。  嘘だ。きっと何かの間違いだ。自分は自分の想いを隠し通しながら、それでもヨキとは上手く家族として、又友人の一人として付き合えていたはずだ。少なくともクガミはそう思っていたのだが、それは自分の思い上がりでしかなかったのだろうか。 「そ、んな……」  力ない声が震えたままのクガミの唇から零れ出る。ふらふらと、身体が勝手に後ずさった。  「傷付いたよね? でも、これが僕の本心」  追い討ちを掛けるように聞えてきたヨキの声に、クガミは血を吐き出すように叫んだ。 「っ、理由……理由を教えてくれ!!」

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