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第7章 6
「……嘘を付くのならば、もう少しまともな嘘をつけ」
クガミは冷ややかに言った。イザナを睨みつける視線にも険がこもる。
が、クガミの睨みを受けてもイザナが前言を撤回することはなかった。
「嘘は一つも言っていない。お前を初めて目にした時に直ぐにわかった。お前がヤエと、その巫女であったサリアの息子なのだと」
(サリア……? それが、俺の母かもしれない人の名前なのか?)
聞き覚えのない名前であるのに、イザナがその名を口にした瞬間、クガミは懐かしさのようなものを感じていた。しかし、やはり顔も見たことのない人物を父母であると認めることは難しい。
それに、クガミには引っ掛かっている点があった。
「年齢的に、どう考えてもおかしいだろう?」
仮に、自分がサリアとヤエの息子であるとしたら、百に届こうかといった年齢でなければおかしい。
自分の見た目は青年であるし、何より自分の中には二十数年ヨキと共に過ごしてきた記憶がしっかりある。
やはり、イザナがでたらめを言っているとしか思えない。クガミが自身の中でそう結論付けようとしていると、イザナが「お前の父母が人間ならば、ありえないことだ。だが――」と意味深長な言葉を告げた。
「ヤエは神、サリアはその力を受けた巫女だ。普通ならばありえないことでも、神と番の巫女ならばありえる」
「……なら、俺の記憶が間違いだとでも言う気か?」
ムッとした声でクガミは言った。イザナが怒るな、とでもいうように困った表情を浮かべた後「いいや」と否定する。
「お前の記憶は正しい。そして、ヤエとサリアがお前の両親であることもな。神と巫女が交わった場合、巫女が神の子を身篭ることは多々ある。が、その事実に反して神と人との混血児はとても稀有だ。その理由が、何故だか分かるか?」
尋ねられ、クガミは考えた。が、ただでさえ神に関しての知識はヨキからの又聞きのみで少ないのに、分かるわけもない。
クガミは「いいや」と答えた。
「母親の腹に入っている期間が長いんだ。一年、二年なんてものではない。何十年もかかって漸く産まれてくる。だから、身篭っている期間の長さに耐え切れなくなる母親も多く、堕ろす者が後を絶たない。それ故に混血児は数が少ないんだ」
「……ッ」
イザナから聞く説明に、クガミは言葉を失った。
我が子といえど何十年も腹に別の人間を宿し生きる苦労を考えると、確かに堕ろす母親がいてもなんらおかしくはないのかもしれない。
(ということは、俺は八十年近く母親の腹にいたことになるのか?)
母、と完全に認めたわけではないが、クガミの予想が正しければ年齢の件も納得がいく。が、それと同時に新たな疑問と怒りが生まれる。
「じゃあ、何故捨てたんだ? それほどまで苦労して産んだわが子を捨てる理由は何なんだ」
クガミは苦しげな声で言う。
八十年もの間身篭ったままの彼女は奇異の目で見られることもあっただろう。時には、石を投げられることもあったかもしれない。そういった人々から逃げるために、一所に留まる事も許されない状態であったことは、クガミにも簡単に想像が出来た。
だからこそ、サリアの矛盾した行動が理解出来ないのだ。
どうせ捨てるくらいならば、産んでくれずともよかった。クガミの中で苦い気持ちが這い回る。
と、不意にクガミの手の甲にイザナの掌が重なる。
「……サリアは、お前を捨てたくて捨てたわけではないはずだ。恐らく、お前を産み育てようとしたが、途中で力尽き命を落としたのではないかと思う」
「何故、そう思うんだ?」
「番となった巫女と神は一生を共にする。神は巫女に力を与え、人間の寿命より遥かに長い時を共に生きるんだ。だが、その力を供給する神がいなくなってしまうと巫女は自身の中に蓄えられた力を削って生きていかなければならない。普通の人間よりはある程度長生き出来るが、番の神がいるのといないのでは生きることが出来る年月も大分違ってくる」
イザナにそう説明されても、全てを信じることが出来ないのは、やはり自分が両親の顔も知らないからかもしれない。なんとも思っていないふりをしていただけで、両親がいないことは常にクガミの心の中に暗い影を落としていたのだ。
畳を見つめ押し黙っていると、イザナの手がクガミの手の甲を撫でた。
「まだ、信じられないって顔をしているな」
「それは、当たり前だろう」
顔も知らない人物がいきなり自分の両親だと告げられて、すんなりと受け入れられる者などいない。大抵の人間は、そんな馬鹿な、と思うはずだ。
「なら、直接会って訊けばいい」
「は?」
笑みを浮かべたまま突拍子もないことを言い出したイザナに、クガミは口を開けて固まった。
(何を言い出すんだ……?)
ヤエは消滅して、サリアも死んだはずだ。直接あって話を聞くなど、たとえ神でも出来るはずがない。
(……いや、神だから出来る……のか?)
胡乱げな瞳をイザナに向けていると、イザナはさっさと寝床から抜け出していた。
「ほら、お前もさっさと着替えろ」
裸身のイザナが、いまだ寝床で布団に包まったままのクガミの手を引く。
「ッ、行くとは言ってな――――」
「行くべきだ。というか、行かない気なら素っ裸のまま引き摺って行くぞ」
遮るように、イザナが言った。
まさか冗談だと思いたいが、クガミが見上げるイザナの瞳は本気の色をしていた。付き合いはそう長いわけではないが、彼がこういう瞳をしている時は冗談ではなく本当に実行する。
どこに連れて行かれるかは分からないが、素っ裸の状態で外に連れ出される自分を想像して、クガミは青ざめた。
(絶対に御免だ……!!)
クガミはイザナの手を振り払うと、慌てて布団から出た。そうして、イザナに笑いながら差し出された下帯や小袖、袴を受け取り、手早く身に着けていった。
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