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第1章ー2

「もう、こんなの読み飽きたんだけど」  触れるのですら厭わしいとばかりに乱暴な仕草で “ヒムカヤとヨイハヤ”と書かれた本を閉じ、遠ざけるように机の上に投げ置いたのは、宵ノ国(よいのくに)の巫子であるヨキだった。  “巫女(子)”とは、この天津大陸(あまつたいりく)で神々の声を聞くことが出来る者の事だ。  そもそもこの天津大陸(自分が知る限り宵ノ国で)は、二神創造説が今に続くまで語り継がれているほど神への信仰が深い。  というのも、八百万の神々と称されるほどに天津大陸に住まう神々は多く、それ故に人の生活にも深く関わっている。その一つが古くから続く巫女と神の関係で、巫女は神々と交わることで国に恩恵を与えることが出来るとされていた。  巫女には女性が選ばれることが多い。が、資質の優劣で稀に男性がなることもある。その場合巫女ではなく巫子と書き表すのだが―― (……巫子らしいのは、容姿くらいだな)  クガミは目の前でぶつぶつと文句を口にするヨキを見て、頭を押さえたいような心境だった。  クガミよりも歳下のヨキは三日後にこの宵ノ国で成人にあたる十八歳になる。しかし、あどけない顔立ちのせいで実年齢よりも若く見られることが絶えない。その上、宵ノ国者特有の銀色の細く滑らかな絹糸のようなさらさらとした長い髪は肩を過ぎるほどに長く。宵ノ国の者特有の滑らかで真白い肌や、大きな銀色の二重の瞳は見るものに感嘆の息をつかせるほどに可愛らしく、どこぞの姫だと言われても違和感がないどころか、むしろ大抵の者が信じてしまうほどだった。  見た目美姫(びき)そのものである彼だが、巫子としての資質は十分であるのにいかんせん口調と素行が悪い。それにくわえてプライドが高いときているから、『口を開かなければねぇ』と言われることも少なくない。 (黙っていれば、本当に綺麗なんだが……な)  今も餌を口いっぱいに詰め込んだ小動物のように真白い頬を膨らませながら机の真向かいにいる自分を睨みつけるヨキに、クガミはひっそりと溜息を溢した。 「今更、どうしてこんなの読まないといけないのさ」 「どうして、と俺に問われても……。お前が、“巫子だから”としか言えん」  ぶつくさ文句を口にするヨキに淡々と答えたクガミは、薄茶色の湯飲みを手にして中に注がれた薬湯を啜る。  クガミはヨキの幼馴染みであり、宵ノ国で巫子を守る守人(もりびと)という役職についている。守人は巫子のように特別な力はないが、武芸に秀でた者しかなれないとされていて、クガミは若くしてその狭き門を潜り抜けた。  守人となったクガミは、ヨキと幼馴染ということもあって今は巫子付きの守人として身辺の警護に当たっている。  身辺警護といってしまえば物騒だが、信仰が厚い宵ノ国で巫女に害を為そうと考える者はほぼいない。そのため、クガミの日々の仕事は大抵がヨキの愚痴を聞いたり、ヨキが占殿(せんでん)と呼ばれる巫女が祈祷を捧げる場所から逃げ出さないように見張ることだった。  つい今朝方も、クガミは巫女の住まう月宮(つきみや)から出てきて直ぐに役目を放棄し森に遊びに行こうとするヨキを引き摺って占殿に押し込めたばかりだった。占殿には出入り口が一つしかない上、窓が一つもない。それ故に扉の前にクガミが陣取ると流石にヨキも観念したのだろう。数分もしないうちにヨキの高めの声が祈祷用の真言(まことことば)を紡ぐのを、クガミは扉に寄りかかりながら聞いていた。  そうして数時間かけて朝の祈祷は終わり、今は昼の休憩時間をつかって占殿の隣にある庭の東屋でゆったりと時間を過ごしている、というわけだ。

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