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第1章ー3
宵ノ国は一年を通して日照時間が少ないため植物が育ちにくく、小指の先ほどの小さく丸い葉をつけた背の低い木と、少ない光でも咲くことが出来るヒシラズという植物が白く小さな花をつけているだけの庭だった。それでも周りに自然があるのと無いのでは、随分違う。
微かに香るヒシラズの甘い匂いに心癒されながら、クガミは東屋に吹き込んでくる涼やかな風に目を僅かに細めた。短く切り揃えられた髪が風で微かに揺れる。クガミの髪の色は宵ノ国では珍しい金色をしていた。
湯飲みを掴む手や腕は筋肉質で、ヨキと正反対に褐色だ。これもまた、色の白い者ばかりの宵ノ国では珍しかった。
クガミのような身体的特徴の者は天津大陸の南にある日向ノ国(ひむかのくに)に多いと訊いたことがある。が、自分が日向ノ国とどういった関係があるのか、クガミは知らない。というのも、クガミは物心すらついていないような幼い頃に、宵ノ国の国土の北にある“月沈みの海”と呼ばれる海の近くでヨキの両親に拾われたからだった。
今でこそ守人となり独り立ちしたクガミだが、幼い頃はヨキの両親を父母のように慕い、ヨキとは兄弟同然に育ってきた。
巫子としては扱い難いヨキであるが、クガミには可愛い弟分で、それと同時に想いを向ける相手でもあった。
勿論、こんなこと誰にも言える訳もない。それに、ヨキとの今の関係を壊してまで望むものでもない。そう自身に言い聞かせ、クガミは自分の恋心に蓋をしている。
(今の関係のままで十分だ……)
クガミは心の片隅に僅かに居残る苦い気持ちを誤魔化すように、薬湯の残りを一息に飲み干した。
「……よくそんなの飲めるよね。僕、苦いの大っ嫌い」
薬湯を口にしているのはクガミであるのに、ヨキがまるで自分が口にしているかのように苦々しい表情で言う。ベぇっ、と舌を出す仕草もヨキの容姿と相まって可愛らしい、とクガミは思ったが、クガミは感情を顔に出すのが得意な方でない。
結局、クガミは僅かに眉を上げただけで、湯飲みの中に視線を落とした。底の方では溶け切れていなかったのだろう茶色の粉が残っていた。
「そうだろうな。お前がコレを苦手なのは昔から知ってる」
クガミが飲んでいた薬湯は、宵ノ国 で取れるクジの葉という仄かに青白く発光する薬草を乾燥させ磨り潰して作った粉を湯で溶いたものだ。宵ノ国では一般的な飲み物の一つであるが、独特の苦味と清涼感があり子供受けはよくない。
(この苦味が良いんだが……)
十八歳にもなってまだまだ子供舌のヨキには、この薬湯の良さは分からないのだろう。
「僕がそれを嫌いだって分かってるんなら、側で飲むのやめてよ。匂いがこっちにまでくるだろ」
湯飲みの中はもう空だというのに、ヨキが右手で自身の鼻を摘んだまま尖った声を出す。
「……何もお前に飲めと言っているわけじゃない。匂いくらい許せ」
慇懃な態度で謝罪をすると、クガミはその話題はこれで終わりだと言わんばかりに机の上に置かれている薬湯の入った急須を自身の方へと引き寄せる。そうして、一度蓋を開け中身が入っていることを確認すると、空になった湯飲みへと薬湯を注ぎ始めた。
トクトク、といった音と共に、湯飲みの内側を澄んだ薄茶色の液体が満たしていく。
ほんのりと立ち上がる湯気と共に薬湯独特の香りが辺りに広がった。クガミはこの匂いも清清しい気分になれるから好きなのだが、やはりヨキはどこまでいっても嫌いらしい。
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