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第2章 旅立ちー1

***************  三日後、クガミは珍しく不機嫌な表情でヨキと共に森を歩いていた。 (どうして、こうなったんだ……)  今すぐにでも不満を溢したくなる口をぎゅっとつぐみ、クガミは右手でヨキの手を引いて薄暗い森の中をひたすら歩く。本当ならば、幸せな気持ちでヨキの成人を喜び、ヨキの両親と共にヨキを囲み笑いあっているはずだった。  それなのに、今のこの状況は何だ。  クガミは左手をきつく握り締めた。背負った荷物の重みが両肩に圧し掛かる。しかし、それ以上に自分に課された使命が重い。 (何故、こうも早く……)  クガミは足を進めながら、なぜこうなったのかを思い返していた。  数時間前。クガミは占殿の扉の前でヨキが出てくるのを待っていた。  今日はヨキが成人を迎える日。成人を迎える者は、儀式用に着飾り占殿の中で成人の儀というものを行う。他国から宵ノ国の神の元に番として捧げられた巫女が、成人の儀を執り行う日だけ神域から出て村へとやって来て、祝福を与えるのだ。  神とは、人ならざる力を持ち、自然や物に宿る存在だ。天津大陸には昔から神が多く、その数は力が弱く人の形を取れない神も含めると、大陸に住む人間以上とされている。神は人間の倍以上もの時間を生きるとされているが、不死ではない。傷付きもすれば、消滅もする。中には、人間のように外見が老いていく神もいるらしい。  老いや消滅といったものを覆すことは出来ないが、巫女には神が負った傷や、なんらかの原因で身の内に取り込んでしまった負の力を浄化する力が備わっている。穢れを嫌う神は、それ故に巫女を番(つがい)と呼び、側に置こうとするのだそうだ。  神の居る神域のその多くが人の世とは異なる時間の流れ方をしているとされていて、番となった巫女は人の世を捨てなければならない。その見返りとして、交わることによって神より恩恵を賜ることが出来る。その恩恵は巫女を生み育んだ大地に還元される、というのがクガミがヨキに聞いた話だった。   神への信仰が深い大陸に生まれながらどうかとも思うが、クガミはあまり神を信じていない。いっそ目に見えるならば信じる気にもなるのだろうが、生まれてこの方、神を見たことは一度としてなかった。 (ヨキには、どういったモノが見えているんだろうな……)  巫子であるヨキには神の姿が見えているはずだ。一体、彼らはどんな姿をしているのだろうか。そんなことを考えながら待っていると、ギイッ、と扉が軋む音がした。  クガミが扉の取っ手を掴むよりも早く、扉が内側から開かれる。中から出て来たのは、ヨキだった。 「ッ…………」  クガミは、言葉を失った。目の前のヨキは、それほどまでに美しかった。  色白の顔に乗る薄っすらとした化粧。銀の長い髪は、頭の高い位置で一つに結われ風で微かに揺れている。金の簪に赤く丸いコトホギの実を加工した耳飾もヨキが動く度に、シャラ、と音を立て、ヨイハヤの化身であるとされる銀の羽を持つ鳥を刺繍した赤の衣装からは焚き染められた香の甘い匂いが香っていた。  見慣れたヨキの顔ではあるが、衣装や髪の結い方一つでこうも変わるものだろうか。クガミは、どこか新鮮な心地でヨキの姿を眺めていた。 「……ちょっと、お祝いの言葉は?」  黙ったままのクガミの耳に、ヨキの不機嫌そうな声が届いた。 「え、……ああ。その、成人おめでとう」  主役に急かされたこともあってクガミは祝いの言葉を口にする。が、ヨキはいまだに不満顔だ。それだけ? とでも言ったようなヨキの視線がクガミの顔に突き刺さる。 「……衣装、似合っている。綺麗だ」  こういったことは慣れていない。たどたどしく感想口にしたクガミの脛を、ヨキが軽く蹴りつけた。 「感想言うのが遅い。そんなんだから、クガミにお嫁さんがこないんだよ」  耳が痛い言葉だが、その通りだ。クガミ自身、口下手であることも、感情表現が下手であることも分かっている。しかし、それを抜きにしても誰かと付き合うなどクガミには考えられない。 「別に、誰とも付き合うつもりはないから構わない。それより、村の長がヨキを呼んでいたぞ」  占殿に来る途中で頼まれた用事を告げると、ヨキが首を傾げた。 「ヒヨウさんが? 何だろ? お祝いをくれる、とかかな……」  思案しながらスタスタと歩き始めたヨキを追って、クガミもまた村長の家へと歩き始めた。  

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