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第3章 惑い桜と桜の主ー1

 ヒヨウの言っていた通り、初日は本格的に夜が訪れる前に隣村に着く事が出来た。  村を出てから直ぐは元気がよく、櫻ノ国に着いたらアレがしたい、コレがしたい、と楽しげに話していたヨキだったが、隣村に着く数時間前から口数が減っていた。ヨキの変化が気になりはしたが、単に郷愁に駆られているのと、はしゃぎ疲れたせいかもしれない。一晩経てば元通りになるだろう。クガミはそう考えていた。  そうして、その日は村の人の好意で一件の空き家を借り、クガミはヨキと共にそこで一夜を明かした。しかし、次の日になってもヨキの顔色は浮かないままであった。 「大丈夫か? 体調が悪いようだったら、今日は進むのをやめて明日ここを発とう」  心配したクガミは、ヨキの顔を覗き込みながら言った。僅かに差す朝日に照らされたヨキの顔色は、元が色白であるのを抜きにしても血の気が無く青白い。  櫻ノ国までは、少なく見積もってもまだ数日掛かる。ここで無理をして進むよりも、体調を整えてから進んだほうがいいはずだ。それなのに、ヨキは首を縦に振らない。 「大丈夫だから。早く行こう」  力の入っていない手でクガミを押し退けて進もうとするヨキを、クガミは止めることが出来なかった。  櫻ノ国に至るまでの道は至って単調だった。もともと、宵ノ国には高い山が無く、その上背の高い木も余りない。  今クガミとヨキが歩いている森の木々も、185センチメートルあるクガミより僅かに高いくらいで枝には針のように細く、柔らかい葉がびっしりと生えていた。  代わり映えのしない景色の中を、ひたすら真っ直ぐに南へ向かって歩く。  宵ノ国の国土は、日照不足故に痩せ細っていて農業に向かない。その代わりにヨイハヤや海の神の加護なのかはわからないが年間を通して魚介類が豊富だ。国民の大半は漁業関係の仕事に従事しており、集落のほとんどは沿岸部に存在していた。  勿論、沿岸部以外にも集落は存在しているのだが、沿岸部にある集落に比べると数は少ない。その上、沿岸部以外に存在している集落の大多数が櫻ノ国に続く大きい街道沿いにある。残念ながらクガミ達が住んでいた村から街道へは遠く離れていて、一旦大きな街道へ出て櫻ノ国に向かうよりも、森を突っ切って直接南下する方がずっと早かった。  それに、今はヨキの体調のこともある。今から街道に向かうよりも、このまま進み櫻ノ国を目指す方が早く医者にかかることが出来るはずだ。  クガミは、なかなか体調の戻らない様子のヨキの手を引き、南へ歩き続けた。屋根がある場所で満足に眠ることが出来たのは最初の一日だけ。あとは夜が近付いてくると身体を休めることができるような適当な場所を探し、獣避けの火を起こし、その側で休息を取る。  休息といっても、体調の悪いヨキに火の番や見張りをさせるわけにもいかず、クガミは木の幹に背を持たれかけさせて僅かな時間目を閉じるくらいのものだった。そんな日が何日も続くと、いくら体力に自信のあるクガミでも疲れてくる。  ふらつきこそしていないが、村を出た当初の歩調の半分ほどもスピードが出ていない。予定では、あと一、二日で街道や国境が見えてくるはずなのだが―― 「ねえ……クガミ」  疲れきったヨキの声が背後で聞えた。  一体何なのだろうか?  振り返るクガミに、ヨキが緩慢な動作で前方を指差した。

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