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第3章ー3
「……ッ、…………」
ドサッと音を立ててクガミは地面に転がった。
上から覗き込んだ時は底が見えなかったから相当に深い穴なのだろうと思っていたのだが、クガミが落下していたのはほんの数秒の間だった。
(それにしても……ここはどこなんだ?)
クガミは立ち上がりながら辺りを見回した。
宵ノ国では見たことも無いような淡い薄桃色の花を枝中につけた大きな樹が沢山植わっている。風が吹くたびにひらひらと花が散り、青々と茂る草の上に落ち、さながら絨毯のようになっていた。
鼻を擽る香りは、クガミが穴に飛び込む前に嗅いだものと同じだ。
「これは……もしかして、桜か……?」
頭上一杯に咲く花を見上げ、クガミは呟く。宵ノ国にいた頃に読んだ書物には、櫻ノ国の名前の由来となった植物のことが絵つきで書かれていた。
手を伸ばせば届く範囲にある枝についた花を見ると、書物に描かれていた絵とそっくりだった。
(桜、ということは……ここは櫻ノ国なのか? しかし――)
それにしてはおかしいところがいくつもある。まず、クガミ達が櫻ノ国につくまでは少なくともあと一日以上は歩かなければならなかった事。それに、櫻ノ国に入るには、必ず関所を通る必要がある事。
クガミが覚えている限りでは関所など通った覚えも無い。
それに――
「俺は、どこから落ちてきたんだ……?」
クガミは自身が落ちてきたはずの頭上を見上げた。が、そこにあるのは視界一杯に咲く桜とその隙間から見える青空ばかりで、穴などどこにも存在しなかった。
(俺の勘違いか……? けれど、それにしては……)
穴の中を落ちて行く間に味わった胃が浮くような感覚は、クガミの錯覚などではない。確かに自分は穴の中に飛び込み、落ちてこの場所に辿り着いたはずなのだ。
「まあ、いい。それよりもヨキを探さないとな……」
考えても答えの出ないことに頭を悩ませても仕方が無い。クガミは頭を切り替えると、当初の目的であったヨキを探し始めた。
穴の中に落ちたのならば、きっとヨキもこの場所のどこかにいるはずだ。そう思い、クガミは鞄を背負いなおすと辺りを歩き始めた。何処まで行っても桜の樹と草ばかりの景色は、まるで薄桃色の迷宮の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を抱かせる。
それに、桜の樹一つでは全く気にならない甘い香りも、樹が密集して植わっているせいで嗅いでいて頭が痛くなってくる。
クガミは疲れと噎せかえる様な芳香で痛む頭を片手で押さえつつ、ゆっくりと進んだ。
時折、「ヨキ、居るなら返事をしてくれ!!」と声を張り上げてみるも、聞えるのは風が花を揺らすサワサワといった音だけで、ヨキどころか生き物の気配すらない。
自分だけ別の世界に迷い込んでしまったような気分だ。クガミは気味の悪さを感じながらふらふらと足を進める。ヨキを探し歩き始めたばかりの時は気のせいだと思っていたが、どうにも体が重い。体調の悪さのせいもあるのだろうが、真綿で首を絞められているような息苦しさも感じる。
(……一体、この場所は何なんだ……?)
クガミがそう思った時だった。
突然、ひやりとしたモノがクガミの足首に巻きついてきたのだ。
「ッ!? 一体、何が――」
巻きついているのだろう、と続くはずだったクガミの声は驚きのあまり声にならなかった。
緑色の植物の蔦のようなものがクガミの足首に幾重にも巻きついていたのだ。しかも、まるで蔦自体に意思があるかのようにうねうねと蠢いている。
気色の悪いそれを引き剥がそうと、クガミは手を伸ばす。蔦の表面は何か分泌液でも出ているのか、ヌラヌラとぬめっていた。
滑りながらも蔦を掴み、クガミは両腕に力を込めて引き千切ろうとする。が、細い見た目に反して頑丈なのか、蔦は中々千切れそうに無い。そればかりではなく、引き千切ろうとするクガミに対して敵愾心を持ったかのように蔦がそこかしこから現れ、クガミの身体に群がり始めた。ひょろりと細いもの、親指ほどの太さがあるもの。節くれだったものもあれば、中には赤子の腕ほどの太さのものもある。それらがいっせいにクガミの身体に巻きつこうとしてくる。
「くッ……、このッ!!」
危機を感じたクガミは、手で蔦を引き千切ることを早々に諦め、腰に下げていた剣を抜いた。素早く蔦目掛けて振り下ろすと、手では引き千切れなかった蔦がおもしろいように切断され、緑色の液体を切断面から溢しながら地面へとぼとぼと落ちていく。
このまま、足首に巻きついている蔦も切ってしまおう。
クガミが剣を握りなおす。そうして剣を振るおうとして――ピタリとクガミの動きが止まった。
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