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第15話 五月雨に惑う(1)
学校が始まり、俺たちはいよいよ高校三年になった。一、二年は一緒だった俺たち三人は、クラス替えによって、佐合さんと、俺とヤスはクラスが別になった。
「おっす」
「あ、おはよう」
教室に入ると、ヤスの席の前に、にこやかに笑う佐合さんが座っていた。彼女の教室は、同じ階にはあるものの、端と端にある。それなのに、わざわざ来てくれるなんて、ヤスは愛されてるな。思わずニヤニヤしながら自分の席に向かう。ヤスの席は後ろのほうで、俺の方が前の方。ヤスの脇を通りながら、自分の席に荷物を置いて、すぐにヤスたちのところに行く。
「佐合さん、時間、大丈夫?」
楽し気な二人に水をさすようで申し訳ないと思いつつ、俺は壁にかかってる時計を指さした。
「あっ、本当だ。じゃ、またね」
「おうっ」
慌てて教室を出ていく佐合さんの後ろ姿を、ヤスは優しい顔で見送る。
「いいねぇ、幸せそうで」
「いいだろぉ」
自慢げに言うヤスに、つい笑ってしまう。二人が同じ大学への進学を選ぶことはない、というのは、春休みに佐合さんの大学の見学をした時に知った。それでも、二人が楽しそうにしている姿に、羨ましく思ってしまう俺がいる。
柊翔はあれから、二、三日してから実家に戻って来た。おばさんが予定してたよりも早くに戻ってきたので、驚いていたが、それでも嬉しそうにしてたのを俺は知っている。
そして、俺たちの高校の始業式が始まるよりも早く、叔父さんの家に戻っていった。大学の剣道部の新歓の準備があるから、ということらしい。一緒にいられた時間は、そう多くはなかったけれど、それでも少しでも一緒にいられたことが俺には嬉しかった。
「そういやさ、あの一年、今日はどうだった?」
ヤスが心配そうに俺に聞いてきた。『あの一年』というのは、入学式にちょっと世話をした女の子なのだが、どうもそれで懐かれてしまったらしい。ここのところ、毎朝、校門の前で俺に挨拶にやってきていたのだが、今日はその様子もなく、無事に教室に着いた。
「あ?今日は別に何もなかったけど」
「そうか。よかったよ。まぁ、お前は鴻上先輩一筋だしな」
ニヒヒと笑うヤスに、俺も曖昧な笑顔を返す。さすがに恥ずかしくて、素直に頷けはしない。
そして予鈴のチャイムが鳴った。
「一時間目って、恩田の英語だっけか」
「やべ、予習してねぇや」
俺は慌てて自分の席に戻り、教科書を取り出した。その時には、ヤスの言った『あの一年』のことは、すっかり忘れていた。
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