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第14話 春の嵐(14)

 正直、高校三年になろうとしているというのに、人前で泣くとか、恥ずかしすぎる。周囲の視線が温かいからまだ救われるものの、俺は顔を上げられないでいた。 「柊翔、泣かしてんじゃねぇよ」  そう言ったのはムスッとした顔の亮平。 「まぁ、まぁ」  間に入って宥めてくれてるのは朝比奈さんだった。 「……悪い。それにヤスくんたちも、ごめんな」  ああ、そうだった。二人も隣の席で見てたんだった。俺はもう、恥ずかしくて死にそう。 「本当ですよ。鴻上先輩。次にやらかしたら、私、先輩のフォローとかしませんから」 「佐合さん、本当にありがとうな」  よっぽど、やりこめられたのか、柊翔が苦笑いしながら頭を下げている。 「まぁ、私としては、なかなかオイシイ場面に遭遇したからいいですけど」  フフフ、と笑う声が聞こえて、チラリと目を向けると、ニヤニヤした顔で俺と柊翔を見比べている。 「本当は、鴻上先輩のとこで昼飯と思ってたんですけどねー」  ヤスが手元のハンバーガーの包み紙の残骸を片付けながら、ぼやいている。まぁ、美味しそうな画像を見てただけに、これだったら地元でも食べられたな、と、思ってしまった。 「悪かったって。だったら、これから店に行く?」 「嫌」 「ダメ」 「無理でしょ」  俺たちが続けざまに答えたものだから、柊翔も顔を強張らせた。 「ブッ、フフフッ」 「あははは、鴻上、学習しろよ」  亮平と朝比奈さんに笑われて、柊翔も頭を掻きながら苦笑いした。 「もう、冗談なのになぁ」  先輩の朝比奈さんがいるせいだろうか。そう言って柊翔は少しだけ拗ねたような顔をした。 「それより、三人とも、今日は日帰りのつもりだったんだろ?電車とか、大丈夫か?」  その朝比奈さんが、腕時計に目を向けながら聞いてきた。 「まだ、もう少し時間はあるんで、できれば、鴻上先輩の大学、見ていきたいんですけど」  佐合さんがチラッとヤスのほうを見つつ、そう言った。 「佐合さん、うちの大学、志望なの?」 「いくつかあるうちの一つですけど」  柊翔の問いかけに、少し恥ずかし気に応える佐合さん。彼女は、俺やヤスよりも、かなり頭がいい。それはわかっているだけに、ヤスのほうは心境としては穏やかではないのではないか、と視線を向けると、無表情にズズーッと音をたてながら、ほとんど溶けた氷水の状態のものを吸い上げていた。 「まぁ、俺の方はバイト早退してきっちゃったから構わないけど。ヤスくんや要は?」 「え、俺も行くっす」 「じゃあ、俺も」  俺もヤスも、たまに進路の話をするけれど、具体的にどこの大学、とかまでの話をしたことはなかった。むしろ、俺はいまだに大学への進学については躊躇している。『父親』という名前を持ったあの男に、俺の進学の金を出す甲斐性があるのか。チラリと俺とは別の家族を持った、あの男の顔が思い浮かんでくる。 「じゃあ、俺たちはこれで」  そう言って立ち上がりかけた亮平が、ふと、何かに気付いたように止まると、バッグの中をあさりだした。 「馳川?」  トレーを持って先に立っていた朝比奈さんが、振り向く。 「要。これ、お前に貸しとく」  そう言って差し出されたのは、どこかの家の鍵。それに気づいた朝比奈さんが、少し、顔を引きつらせた気がした。 「え?」 「一人になりたい時とか、あの部屋使っていいから」  亮平が言う『あの部屋』とは、たぶん、一年の時に、一時だけ借りた部屋のことだろう。あの時は、あの男から一緒にいたくなくて、あの部屋に逃げていた。 「え、でも」 「いいから、持っておけ。じゃ、柊翔、後はよろしく」 「……ああ」  トレーを持って離れていく亮平たちを、柊翔も複雑な顔で見送っている。俺は、亮平から渡された鍵を、ギュッと握りしめた。

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