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第18話 五月雨に惑う(4)
一年の女の子というのは、入学式の日に校内で迷子になっていた子だった。俺の肩にも届かないくらい小さくて、三つ編みに眼鏡、なんだかヲタクっぽい雰囲気を醸し出した少しぽっちゃりした女の子だった。
入学式の案内係を任された俺。担任が教室に資料を忘れたとか言い出して、教室へと駆り出された時に、顔を真っ青にしていた彼女と遭遇したわけだ。当然、先輩としては彼女を入学式の会場である体育館まで案内したけれど、それは誰でもやることだと思う。しかし……彼女はそうは思わなかったらしい。
次の日から、彼女は校門のところで俺のことを待ち伏せするようになった。待ち伏せ、というか、俺の顔を見ては挨拶をして、ずっと下駄箱のところまでついてくるのだ。何を話すでもないんだが、毎回、毎回、飽きもせずについてきてた。
俺の方は挨拶をされれば、返さないわけにもいかず、まぁ、普通に接してきたつもりなんだけれど、彼女はそうは捉えなかったみたいで……まぁ、懐かれてしまった、ということなんだろうか。
「懐くっていうかさぁ……ありゃ、お前に惚れてるだろ」
自分の弁当に食らいつきながら、ヤスはそう言う。俺は、その言葉に、ギョッとする。
「惚れるって……俺、挨拶くらいしかしたことないぜ」
「それだって、挨拶も返さないヤツだっているしさぁ。ほら、茜のクラスにいる、あいつ」
「誰のこと?」
「ほら、すげぇ、イケメンいるじゃん」
「あぁ……相良くんか」
イケメンというキーワードだけで、二人で会話が成立しているようだけど、俺にはさっぱり誰のことだか、わからない。
「相良って?」
「うちのクラスにいる運動神経もよくて、頭もよくて、外見もいい。その上、確か、どっかの病院だかの御曹司らしいっていう子がいるのよ」
「なんだ、そりゃ。漫画かなんかに出てくる王子様かよ」
思わず、俺は笑いながら突っ込んだ。だって、突っ込むしかないだろ。そんな話。
「びっくりよね。まぁ、確かに、テストの度に、上位に名前は出てくるし、部活も確か、バスケ部だったかな。だから、強ち、嘘ではないんだけど」
「そんなヤツがいたとはね」
「俺たちとはクラスが一緒になったことねぇし、部活とかもやってないから、気にしたこともなかったんだけどさ」
ヤスが食い終えた弁当の蓋を閉じると、今度は購買で買ってきた焼きそばパンを取り出した。
「ほら、茜のこと迎えにいったりするとさ、その相良って奴の周りに女子が纏わりついてるっていうの?思わず、あいつ、誰、って聞いちゃったよ」
「フフフ、私も今まで見たことない状況に、最初の頃はびっくりしたよ」
「なぁ?でも、纏わりついてても、あの相良って奴、ウザったそうな顔もしないかわりに、ニコリともしないんだぜ。で、そのまま女子は放置して部活の連中のところとかに行っちゃったりしてな?」
大きな口で、思い切りパンを頬張った。マジで、海賊王になる、とか言いそうだわ。思わず、その様子に、俺も佐合さんもクスクス笑ってしまう。
「んぐっ、な、何だよ」
「なんでもないよ」
これで、俺が可愛いとか言ったら怒るんだろうなぁ、と思って、佐合さんのほうに目を向けた。しかし、佐合さんは俺の意思は伝わったとしても、ヤスのために、ここではやらないだろうな、と察してしまう。愛されてるな、ヤス。
「いや、で、その相良って奴は、挨拶なんかしなくたって、女子が惹きつけられるっていうのに、要みたいに挨拶返してくれたら、惚れてまうやろっ!って話だよ」
ようやく、言いたいことに至ったらしく、ヤスは満足げにパンの入ってた空のビニール袋を結んだ。
「いやいや、俺程度じゃ、そりゃないって」
そう言って、唐揚げ旨いな、と、もぐもぐ噛みしめてると、何やら不穏な空気が目の前の二人から漂ってくる。
「要くん、もうちょっと、自分のこと自覚したほうがいいと思うよ?」
「そうだぞ。お前、よぉぉっく、周囲を見て見ろ」
「はぁ?」
俺は二人の言葉に、訝しく思いながらも周囲を見渡した。
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