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第25話 五月雨に惑う(11)
各地で梅雨入りのニュースが聞こえるようになった頃。中間試験が終わり、三者面談の紙が配られた。教室の窓の外は、どんよりと曇ってる。
「……どうすっかな」
紙を握りしめながらぽつりと呟いた声は、周囲の騒めきに紛れ込み、誰の耳にも届かない。柊翔には『諦めるな』と言われたけど、やっぱり、現実的に無理だと思う。俺は丁寧に四つ折りにした紙をバッグの中に仕舞い込む。これはこのまま、どこかで捨てるしかないか。
「要、今日はどうする?」
気が付けば、いつの間にかホームルームが終わっていたらしく、ぼうっとしていた俺に、ヤスがいつものように明るい声で話しかけてきたのだった。こいつの明るさには、毎回、癒されるなぁ、とつくづく思う。俺はバッグを手にして立ち上がると、黒板のそばにある壁掛けの時計に目を向ける。このまま、帰りにどこっかに寄り道するか。
「佐合さんは?」
「茜は、今日は塾があるから、先に帰るって」
たいがいは三人で行動する俺たちだけど、最近は佐合さんは受験モード。俺もヤスも、そんなに焦っていないんだが、彼女が受けようとしている大学を考えると、やっぱり、どれだけ勉強しても、したりないってことはないんだろう。
「なんだよ、俺に気を遣うなよ。一緒に帰ってやれよ」
「帰るったって、駅までだし」
「その短い距離でも、一緒にいられる時間は貴重だろうが」
「くぅっ、要が言うと、言葉が重いぜ」
自分の短い髪をガシガシと掻きながらも、ヤスの顔は困ったような顔をしている。
「でも、今日はマジで茜は同じ塾に行ってる子と帰るって」
「おい、それ女子?」
「あたり前だろっ。男だったら、許さんっ」
半分、揶揄い気味に言ってやったら、真面目な顔で切り返してきた。俺はニヤニヤしながら、ヤスの背中を軽く叩くと、ヤスの方は俺の尻を蹴り上げてきた。
「いてぇなっ」
「俺を揶揄った報いだっ」
「くうっ、佐合さん、愛されてるねぇ」
「当然だっ!」
偉そうに言い切るヤスに、俺はある意味、感動を覚えた。そして、少しばかり、いや、だいぶ、羨ましいと思った。俺も、同じくらい、柊翔のこと、愛してるつもりだけど。そんな思いが顔に出たのかだろうか。ヤスが、ガシッと俺の肩に手を回した。若干、俺より背が低いせいか、俺の方が身体を傾けるはめになる。
「お前も、大丈夫だかんな」
真面目な顔で小さい声で、元気づけるヤスに、ハッとすると同時に、参ったなぁ、と顔を崩す俺。
「じゃ、カフェ~にでも寄っていきますかっ」
俺の肩から腕を外すと、変な言い方をしながらヤスが先を歩いていく。俺はヤスを追いかけながら、色々あるけど友達には恵まれてるな、と思う。その一方で、バッグの中の紙のことと、柊翔の言葉が、頭の中で渦巻いている。なんとなくヤスや佐合さんには、そこまでの話が出来ないことを申し訳なく思っている俺がいる。
色々と悩みながら、俺の足は前へと進むしかなかった。
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