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第9話 春の嵐(9)

 俺が覚えている佐合さんは、こんなに熱くなるタイプではなかった。寧ろ、おっとりとしてニコニコしているイメージだった。 「佐合さん……」  俺が唖然としていると、彼女は涙を拭うと、それ以上何も言わずにプイッと背を向けると駅に繋がる大通りのほうへと歩きだしていた。 「え、ちょ、ちょっと」 「鴻上先輩」  慌てて声をかけようとしたけれど、ヤスくんが、まるで彼女を守るかのように、俺の目の前に立ちはだかる。けして大柄ではない彼だけれど、彼の厳しい表情にも俺の方が圧倒されてしまう。 「ヤスくん……」 「さっきまで、要もいたんです」 「えっ」  てっきり、二人がデートを兼ねてここまで来たのかと思っていただけに、そこに要の名前が出てくるとは思わなかった。要の名前が出てきただけで、俺の胸はドキドキしてくる。いたんだったら、入ってきたらよかったのに。 「要、先輩には何も言ってないみたいですけど、あの写真見た時、辛そうな顔してましたよ」 「いや、だって、あの程度の写真、俺だって要から見せてもらってるし」  実際、一宮や朝倉との仲の良さそうな画像を、散々見せられてきただけに、今まで載せた画像を思い浮かべても、自分の画像の何が悪いのか、さっぱりわからない。 「はぁ……先輩。マジでそんなこと言ってます?」 「けっこう、マジだけど」 「……こんなこと、俺が話するのも変だと思うんですけど」  ヤスくんが苦々し気な顔で店の中のほうへと視線を向ける。困惑する俺をよそに、大きくため息をつく。 「一宮先輩たちは、鴻上先輩に頼まれてたわけですよね?二人のこと知った上で。だけど、鴻上先輩の相手の人、要に紹介してたりするんですか?あの人、二人の関係のこと知ってるんですか?」 「え、いや、でも、付き合ってるヤツはいるって言ったけど」 「……へぇ。それであんな仲良さそうな写真撮って、SNSに載せてるって、彼女も相当ですね」  彼らがどの写真を見たのか、今更ながら気になりだしてくる。基本、画像を選ぶのは、彼女任せだし、俺も細かくチェックしているわけでもない。だけど、ヤスくんが言うからには、要を傷つけるような写真だったのだろうか。頭の中に、泣きそうな要の顔が浮かんでくる。 「それに、鴻上先輩、全然、要の立場と同じじゃないですよね」  そう言い切ると、ヤスくんは後ろを振り返り、佐合さんの姿を確認した。彼女はもう少しで駅へ向かう大通りに着いてしまいそうなくらい、小さい姿が遠くにある。 「ヤスくん」  そう声をかけた時。 「柊翔さん?まだかかりますか?」  カフェのドアを開けて、亜紀ちゃんが不審そうに声をかけてきた。その声に振り返ると、「じゃあ、俺、これで」とヤスくんが佐合さんの後を追うように走り去っていく。 「ちょ、ちょっとヤスくんっ」  結局、ヤスくんは俺の声には振り返らずに、猛ダッシュで大通りのほうまで走っていった。 「あのぉ……」  亜紀ちゃんが申し訳なさそうに声をかけてきたけど、今の俺には要のことしか、頭になくなっていた。

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