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 娯楽に飢えた生徒たちは些細なことでも噂したがる。昼休みになる頃には学園中に『白乃瀬紅葉ブチ切れ事件』が広がっていた。  普段であれば昼食は水嶋や親衛隊員と取るのだが、今日は週に一度の親衛隊会議のためにボッチ飯を決めるところだった紅葉は暇そうにしていた摂津を捕まえて食堂に来ていた。  白金も誘ったのだが、「ふたりの仲を邪魔するわけにはいかない!」とかなんとかわけのわからないことを言って、委員会の集まりに出かけて行った。 「……やだぁ。なにこれ今ならパンダの気持ちがわかるよぅ」 「人気者だってことっしょ。……あ、見物料取ったらいんじゃね!?」 「守銭奴……」 「誉め言葉だな!」  食堂中から視線が突き刺さり、落ち着きなく美味しい料理に箸を進める。いつ日之がやってくるともわからず落ち着いて昼食をとることもできないのは少々と言わずかなり気が滅入る。 「……あ、元凶が来た」 「まじかよー? 俺あいつ嫌いなんだけど」 「超奇遇じゃーん。僕も馬鹿は嫌いなんだよねぇ……てか、美形ばっか侍らせてどうするつもりなんだろねぇ」 「でも、嫌いだけど、金くれんなら侍ってやっても」 「お前はちょっと黙ろうねぇー」  トチ狂ったことを言い出した摂津の口に注文したBLTサンドセットのひとつを突っ込んで強引に黙らせた。ムシャムシャと両頬を膨らませて咀嚼している摂津はもの言いたげな目で見てくる。ニコリと笑ってみせれば面白いくらい素早く視線をそらされた。 「宇宙人一行は?」 「俺らと真逆のテーブルに座ったっぽい」  無数の視線に刺され針の筵のようだった気分が、食堂へやって来た神宮寺たちに注目が向かい、ようやく一息吐くことができる。摂津も何も言いはしないが先ほどよりも箸の進みがスムーズだ。  落ち着いたところでふと思った。ランキング上位生徒の簡単なプロフィールは学園の生徒専用サイトに掲示されている。学籍番号、名前はもちろん、誕生日や出身地、趣味や好き嫌いなど。紅葉も出身地は京都と書いた記憶があるのだから、そこまで関西弁に驚くこともないのではないだろうか。 「よぉ、噂の紅葉くーん」  背中に体重がかけられ、聞き慣れた関西弁が耳に響く。  正面に座る摂津が目を見開いてピシリと固まった。サンドイッチが口につまりリスみたいに頬が膨らんで面白い顔になっている。 「……尋、重い」 「紅葉は細っこいからなぁ。もうちょい肉つけぇ」 「うっさい。尋に関係ないでしょぉ」  敵に回しちゃいけないランキング堂々の一位に輝く小鳥遊尋(たかなしひろ)はニヤニヤとあくどい笑みを浮かべた。  周りの視線などものともせず、隣に座った小鳥遊に軽口を叩くと摂津が金魚みたいに口をぱくぱくとさせた。否、声には出していないのだが、目が語ってる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。 「そうそう、転入生にキレたらしいやんけ」 「まだキレてませんー。キレかかっただけだもん」  ぷぅ、と頬を膨らませた。小鳥遊の長い指が頬をつつく。おそらく、これが本題だ。  周りの生徒たちはふたりの仲に驚き、ざわめきが徐々に増していく。あまり騒がれると宇宙人一行に気づかれてしまうから大事にはしたくないのだが。 「もういっそ方言に戻したらどうや? 俺はその似非共通語より元んのが好きやし」 「僕の勝手でしょー。そんなことより、誉はどうしたのぉ?」 「寝とる」 「は? もう昼じゃん」 「寝覚めが悪いんやってさ」 「ふぅん?」  珍しいこともあるものだ。  四月一日誉(わたぬきほまれ)は小鳥遊の悪友で、敵に回しちゃいけないランキング二位に輝いている。  目覚ましが何十個あっても一度眠ったら睡眠欲が満たされるまで絶対に起きない四月一日が、寝覚めが悪いからと言って二度寝するとは、よほど悪い夢を見たに違いない。 「あ、あの! つかぬことを伺いますが……」  会話に一旦区切りがついたところで、震えまくった情けない摂津の声が割りこんできた。  語尾が自然と小さくなり、小鳥遊を恐れているのが端から見て感じ取れるが、手に握られているくたびれたメモ帳とボールペンを見て呆れてしまう。怖いには怖いが、好奇心のほうが勝ったというわけか。摂津が常に持ち歩いているメモ帳には学園内部に関する情報がごっそり載っている。 「小鳥遊先輩と白之瀬ってどういう関係、なんでしょうか?」 「実家繋がりの幼馴染やで」 「まさかの幼馴染フラグ……!」  ぱちくりと目を瞬かせた。  いつの間にいたのか、小鳥遊の言葉に猛然と手元を見ることなくメモ帳にボールペンを動かす摂津の横に、興奮した口調で早口にまくし立てる白金がいた。  突然現れた白金を怪訝な目で見つめる小鳥遊だが、クラスメイトで友達だと告げれば人好きの笑顔を浮かべて手を差し出した。 「紅葉の友達か! ならええわ。よろしゅうな、白金ちゃん」 「白金ちゃんとかはじめて言われた! よろしくお願いしまーす!」  喜色満面の笑みで手を握りなおした白金の頭を数回撫で回しす。摂津はいつその小さな頭がひねりつぶされるのかと恐れ戦いた。 「ま、とりあえず帰るわ」 「そーお? 誉にもよろしくねぇ」 「……やっぱその似非、気に入らんわ」 「うっさいよ」 「白金ちゃんと摂津やったっけ。うちの紅葉をよろしゅうな。怪我なんかさせたらあかんで」 「任せてください!」  ビシッとノリノリで敬礼をした白金と頬を引き攣らせて勢いのまま敬礼した摂津を視界に収め、満足そうに頷いた小鳥遊は紅葉の整えられた甘い金髪を撫で回した。 「ほな、またな紅葉」 「はいはい、さっさと行きなよ」  ぐしゃぐしゃになった髪を撫でつけながらいなくなった小鳥遊を恨みがましく思う。  中断された食事を再開しようと箸を持てば、摂津と白金が種類は違うがものすごい形相で喋り出した。 「ふざけんなよ白乃瀬!!」 「最高だよ白乃瀬!!」 「……一旦落ち着こうか二人ともぉ。ほら、ひっひっふーひっひっふー」 「ひっひっふー……って違うだろ!?」 「いいね白金。ツッコミって大切だと思うよ」  大阪生まれの二人は揃いも揃ってボケ倒すからなぁと遠い目をする。 「結局のところ、あの小鳥遊先輩とどういう関係なんだよ!?」 「だから、ただの幼なじみだって言ってるじゃん。僕が本家で、尋と誉が分家。それくらい摂津でもわかるでしょぉ」 「あれ、俺馬鹿にされてる?」  青ざめながらもきっちり反応してくれる摂津はからかいがいがある。周りの友人はなかなかに極端で暇をすることがなかった。  ひとりの時間は嫌いじゃないが、大勢でワイワイと過ごすのも嫌いじゃない。 「ごちそうさま。摂津まだ食べ終わってないみたいだし、僕先に行くから。生徒会室に行かなくちゃ」 「……おう。まだいまいち納得はできないけど、生徒会頑張れよ」 「ありがと摂津」  空になった器を近くにいたウエイターに預け、賑やかな食堂を後にした。

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