34 / 82
032
向けられる視線に好奇心と興味心が混ざっているのは気のせいではない。皆が皆、日之に何を言うんだろうかと期待してるのが見てわかる。変なところ愉快犯なクラスメイトたちだ。下手なことを言えばブーイングの嵐だろう。
「……はぁー……日之君さぁ」
「紅葉! 紅葉はやっぱり俺の味方だよな!」
長い長い溜め息。しぶしぶ名前を呼ぶが、何を勘違いしてるのかパァァと顔色を明るくさせた日之に面接臭い気持ちが一気に押し寄せる。
「なぁなぁ、俺今から生徒会室行くんだ! 紅葉も一緒に行くよな? 雅人たちもいるん――」
「うざい」
「えっ?」
一気に喜色満面となった日之を一刀両断する。五月蝿く煩わしかったのは本当だ。
教室のどこかで誰かが噴き出すのが聞こえたが、日之はそれどころではないのだろう。口元に笑みを乗せ、引き攣った表情で片手を上げた体勢で固まってしまっている。
「聞こえなかった? 日之君うっざぁい、って言ったの。ねぇ、日之君は僕の何なのぉ? 前にも言ったじゃん。名前呼びヤダって。友達でもないのにおこがましいと思わないのぉ? いい加減しつこいとと、いくら温厚な僕でもプッツンしちゃうかもねぇ。ただの他人なのに、気持ち悪ぅい。日之君の幼稚なおつむじゃぁはっきり言わないと分からないのかなぁ? 僕は日之君のことが嫌いなのぉー。嫌い嫌いだぁい嫌い」
「っ」
「邪魔。僕の人生に日之君はいらないよ。必要ないよ。ね、わかった? 僕に日之君ていう存在は必要ないの」
「な、んでだよ……」
「ん? なぁに?」
「なんで紅葉はそんな酷いこと言うんだよ!!」
口を開いたかと思えば逆切れしときた日之。嘘偽りなく全て本音で、酷いことを言っていると自覚はあるが嫌いな相手の気持ちを考えるほど優しくない。紅葉が優しくするのは自分に優しくしてくれる人だけ。
なんだか似たような展開がいつかあったなぁとデジャヴを感じた。
うっそりと静かに笑みを深める。
嫌いなモノはどんなに良いモノでも嫌い。妥協なんて一切しない。嫌いなモノは嫌いなのだから仕方ないだろう。
「なんでって、そりゃぁ僕が日之君のことだぁい嫌いだからしかないことでしょー?」
「それだけでっ」
「それだけ? 僕にとってはそれだけで十分なの。嫌いなモノはいらない。気に入らないモノはいらない。気に食わないモノはいらない」
「そんなの間違ってる!」
「知ってるよぉ?」
「え……じゃあ」
「わかってるよ。この考え方は間違ってるよねぇ。でもさぁ、僕は『そういう風に育てられた』んだから仕方ないじゃなぁい。それでも君はまだ僕に関わる? 僕、馬鹿は嫌いだからなぁ。徹底的に無視っちゃうかもよぉ」
「……そんな――」
「あは。ええ加減にせぇよ。クソガキ」
はっきりと拒絶をしてみせてもなお言い募る日之ににっこり笑って言い放てば、何も言わずに足音荒く教室を出て行った。この後、神宮寺や宮代に泣きつくのだろうと思えば頭にくるものもある。
スッキリした、と息を吐き出したはよかったが、教室内が異様に静かな空気に包まれていた。首を傾げるも、原因が自分だとは気づかない。
「し、白乃瀬様……!」
「お前……関西弁なのか?」
「はぁ、うん、そうだけどぉ。正しくっていうか、京都出身だから僕ぅー」
「あぁ! だから白乃瀬の共通語はたまにおかしかったんだな。やぁっと謎が解けたよ」
「……摂津は相変わらず会話にいきなり混ざってくるねぇ」
「俺のいいところっしょ?」
紅葉と七竈の会話にウズウズとしながらも誰も口を挟めずにいる中、椅子を引きずってやってきたクラスメイト、もとい守銭奴な放送委員の摂津がずり落ちたメガネを直しながらニヤリと笑った。
「摂津のいいところかどうかはともかく! 白乃瀬!! なんで今の今まで関西弁で話さなかったんだよぉぉぉ!?」
摂津に次ぎ、胸ぐらを掴む勢いでやってきたのは頬を紅潮させ鼻息荒い白金だった。
「え、中学の友達のアドバイス? 的な? 関西弁ってだけでちょっと目立つじゃん? ……白金、なんか怖いんだけどぉ」
「そ、そんなことないって! 別に、関西弁受け可愛いとか、関西弁で喘ぐのってエロいなとか、思ってないからな!!」
つまり、思ってるのだろう。
白金との心の距離が開いた瞬間だった。
ともだちにシェアしよう!