36 / 82

034

 お昼時はほとんどの生徒が食堂か教室にいるため、一歩廊下に出れば別世界かと思えるくらいしんと静まり返っている。  とくに生徒会室のある特別棟に繋がる廊下は教室棟の端っこにあり、用もない一般生徒が訪れることはなかなかない。 「あら。やっぱりだぁれもいないねぇ」  ガチャンと扉を開けた先は伽藍堂の生徒会室が広がっていた。  期待をしないようにしてからはショックも何もない。どちらかと言えば呆れのほうが強い。アクションを起こさない自分に。変わってしまった神宮寺たちに。  デスクに積み重なった書類は今にも崩れそうで、仕事嫌いな紅葉にしてみれば地獄とそう変わらない。 「えーまじかー……この量僕ひとりでやらなきゃいけないわけ……? 何から手をつけたらいいんだよぉー締め切り一等近いのってなんやっけ……」  会長席に積み上げられた書類を適当に手にとってペラペラめくってみる。  これなら処理できそうだと判断したものは自分のデスクに持って行き、期限が早いものと遅いものに区別してようやく作業を始める。 「ん。これ」 「へ?」  集中しようと意気込んだところでデスク脇に差し出された紅茶の入ったカップ。きょとんとして腕から追っていくと、結構近い距離に後輩の顔があった。 「新田君?」  入ってきたことにも気づかないほど集中していたらしい。 「日之君はいーの?」 「……」  後輩でありながら紅葉よりも背の高い庶務の新田は、その整った眉根を寄せ合わせ、不機嫌そうに呟く。 「俺、アイツ嫌い。耳元でぎゃぁぎゃぁ煩いし。会長たちを腑抜けにするし。ていうか俺は! 会長たちみたいに自分から行ってたんじゃなくて、アレに引っ張り回されてたんです」  いつもより饒舌な新田は言いたい放題だ。庇護するつもりはないがほんの少しだけ、言われっぱなしの神宮寺が可哀想に思えた。 「生徒会室に来ても無駄だと思ってたけど、白之瀬先輩が頑張ってるから」 「手伝いに来てくれた?」  こくんと頷いた新田のワンコ的要素に弟とはまた違う癒やしを見つけてしまい、メンタルの疲労がとれた気がした。あくまでも気がした、だ。 「ありがとぉ」 「寝返ったりしないんで。安心してください」 「そっか。そりゃ安心だね。うん、新田君はとりあえず自分の机からよろしくねぇ」 「はい」  ――黙々と作業をしてそれも中盤にさしかかった頃、新田は思い出したように顔をあげて言葉を発した。 「白乃瀬先輩と弟さんて、あんまり似てないですよね」  脈絡も何もなく、本当に思い出したといった新田の様子に集中力がぶつんと切れてしまった。  呆気に取られながらも、そういえば白乃瀬家で兄弟同士似ていると言われたことがないのに気がつく。 「そういえば、よく言われるなぁ。まぁうちの若葉君は完璧主義だし、僕よりも兄さんに似てると思うよ」 「兄さん? え、先輩長男じゃないんですか?」 「違う違う。僕は三男、あ、でも姉さんもいるから、兄弟じゃあ四番目かなぁ。で、新田君の知ってる若葉君が末っ子」  表向きは白乃瀬紅葉が跡取りと公表されているが、それは名前だけのこと。真なる後継者は弟の若葉こそ相応しいと紅葉は思っている。それは紅葉だけでなく、ほかの親族たちも違わずに。 「跡取りって言うから、長男かと」 「あはは、よく言われる。兄さんたちが揃い子じゃなかったら違うんだけどね。今んとこの後継者は僕になってるよ」 「あの、揃い子って何ですか?」 「双子とか三つ子のことだね。ま、話したことなかったし、身内事情なんて知らなくて当たり前だよ」  それに加え、白乃瀬家は『秘密主義』なところがある。  今の時代情報は武器になる。相手にはなるだけ手の内を隠しとておきたいというのが本家重鎮の本音だ。  処理し終わった書類を脇に寄せ、紅茶を一口啜る。  新田の手元を見つめ、まぁるい女の子みたいな字が可愛らしいと思った。弟はもっとカクカクとした几帳面さが出ている字で、やっぱり弟と新田は全然違うのだと思い知った。

ともだちにシェアしよう!