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夜も更け、静まり返った寮内。帰ってくれば部屋に引きこもってばかりの紅葉にしては珍しく、各階にある大広間にいた。
ついさっき実家から連絡があり、気分転換をしたかったのだ。
「どんだけ、逃がしたくないんだろうねぇ……」
小さく自嘲めいた言葉。誰もいないと思って口から出た言葉だった。
「白乃瀬……?」
背後からかけられる声。ぼんやりと窓の外を眺めていた瞳は一気に覚醒して後ろを振り向く。
「副かい、ちょ……」
驚いた表情を残しつつも、取り繕うようにへらりと笑った紅葉とは裏腹に、副会長の宮代は不可解そうに眉を寄せ合わせた。
「こんな夜更けにどうしたのー? 眠れない?」
「……それは私の台詞でもあります」
まさか返事が返って来るとは思わなかった。今度こそ驚きに睫毛を震わせて宮代を見た。
眉根を合わせた不機嫌そうな仏頂面。いつも人のよさそうな笑顔を浮かべている人物とは思えないな、と内心で笑った。
「なぁに、日之君のことで文句でも言いにきたぁ?」
わざとらしく嫌味に聞こえるように呟けば、バツが悪そうに顔を背けた。おや、と首を傾げる。
予想していた反応と大分違い、困惑してしまう。
「……あなたには、悪いと思っていますよ」
「……え、副会長、何か悪いものでも拾い食いしたの? 大丈夫? 自分の言ってること理解してる?」
「なんなんですかあなたは! 人がせっかく謝ったっていうのに!」
「あは、だって、僕の知ってる副会長じゃないんだもぉーん」
茶化すように語尾を伸ばせば小さく微笑する。
開いていた距離を、開いてしまった距離を詰めるように宮代は白乃瀬に近づいた。
左手を伸ばし、白い頬に触れる。
「私は、怖かったんです。居場所が奪われることが。私の場所がなくなってしまうことが。……雅人の瞳に映らなくなってしまうことが」
「え」
今、自分はものすごいカミングアウトを聞いてしまったような。
「だから、正直あの転入生のことは好いていません。嫌いです。私の雅人を奪っていったあの子なんて、大っ嫌いです」
大きく目を開いて驚愕を露わにすれば困り笑顔で見つめられた。その表情は綺麗で、儚げで、どこか弱々しかった。宮代にはそんな表情は似合わないと感じさせられた。
「……いえ、こんな弱々しいのは私には似合いませんね」
踵を返した宮代は放心状態の白乃瀬を振り返って言った。
「明日から私も生徒会室に戻ります。今まで、すみませんでした。……ありがとうございます」
「え、ちょ、ちょっと! っ、宮代……!」
「珍しいですね。いつ以来ですか、あなたが私のことを苗字で呼ぶなんて」
「……僕だって、普通に呼ぶときくらいあるから……じゃなくて! なんで、急に来るだなんて」
「……迷惑ですか? 朔に、言われたんですよ。リコールするぞ、ってね」
いつまでも働かない役員を放置しておくわけにはいかないと、ついに風紀が動いたのだ。おそらくまだ忠告止まり。
「でもね、いい機会だと思ったんだよ。生徒会室に戻る」
「そう、……うん、ありがと、副会長」
かつての仲間が帰ってくる。
ふんわりと、嬉しそうに笑えば僅かに目を見開いた宮代はポツリと言葉を漏らした。
「白之瀬って、実はネコですよね」
「…………ん?」
ピシリ、と笑みが固まる音がした。
「朔、風紀委員長、親衛隊くらいかと思っていたけれど、そう言えばあなたはあっち系にも人気がありましたっけか」
「は!? ち、ちょっと待って、聞き逃せない言葉がいくつか」
「まぁ、私には知ったこっちゃないんですがね」
しれっと言い放つ目の前の美人を殴り飛ばしたいと思ったのは初めての感情かもしれない。
「とにかく、あなたも早く部屋に戻ったほうがいいですよ。今は白之瀬を守ってくれる人もいないようですし」
「なにそれ」
「あまりオススメはしたくありませんが、幼馴染の方々ともう少し校内で接触を増やした方がいいですよ。いい牽制にもなるでしょうし」
言うだけ言ってそっぽを向いた宮代の耳は赤く染まっていた。これは、これはもしかしなくとも心配されているのだろうか。『そういう』感情に疎いから理解はできないけれど、どうにも心配をかけていたみたいだった。
「……うん、そうだねぇ。誉たちとは、一回話し合わなきゃだしー」
「それがいいですよ」
「それじゃぁ、また明日。おやすみなさい」とあたりさわりない『友人』の言葉に温かくなった胸に沈んでいた気分は良くなった。
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