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しかしながら、自分がネコとは聞き捨てならない。どちらかというと可愛い系の子たちに好かれていると思う。声をかけてくるのも、告白をしてくるのも、皆可愛い子ばっかりだ。稀に、あっち系もいるのだが。
「……どっか、遠いところに行きたいなぁ」
短く息を吐きだした。
電話の内容を思い出して溜め息を吐く。要約すれば「週末に帰って来なさい」という内容だった。なんでも、集会あり、それに参加しなければいけないのだとか。面倒くさい。そもそも、そういうのは長兄の役割であって、とここまで考えてまた溜め息を吐いた。表向きの長男は自分であった。
深夜一時を回った寮はしぃんと静謐な空気を放っている。
さっさと寝よう。うんざりとした気持ちのまま、部屋へと歩き始める。深く長く吐き出した溜め息は廊下を歩く足音にかき消された。
「……白乃瀬」
使い鍵を開け、部屋に入ろうとした紅葉を引き止めたのは一つ隣の部屋から顔を覗かせる青空だった。
「どーしたの青空?」
「白乃瀬の気配がしたから」
「時々僕はお前を尊敬したくなるよ……」
余談であるが、思春期真っ最中な生徒たちのために寮の部屋は完全防音になっている。
「青空も早く寝なよぉ」
「うん」
素直に頷いた青空にヒラヒラと手を振って部屋に入ろうとした――のだが、横目に見えた青空がめったに変えない表情を歪ませ、情けない顔を晒していた。
つい、気になって声をかけてしまった。
「……なんて顔してんのぉ」
「いなくならない?」
「は?」
「消えていくんじゃないかって思えて」
ブツブツ単語だけを述べる青空の言いたいが伝わってこない。いつもなら神原が通訳をしてくれたするが、この時間にわざわざ通訳をしてくれと起こしに行くわけにもいかない。
別に無視をしてもいいのだが、今まで散々スルーしてきたのだし、それでも、今の青空はどこかほうっておけなかった。
「……ゆっくり、ちゃんと言葉を繋げないと言いたいことが伝わんないよ」
「……白乃瀬、が消えていってしまいそう。に見えた。すごく孤独に見えて、俺、見てて辛かった」
真っ直ぐに見つめてくる瞳は強い意志を持って、思わず息が止まった。
「……消えちゃいそう?」
くしゃり、と表情を歪める青空に柳眉を寄せ合わせて考える。
独り言か、とも思ったが、すぐに思い浮かんだのは深く関わりすぎてしまったのだということ。
友人は必要ない。必要、ないんだ。ずっとそう言われてきたじゃないか。心許せる友人を作ってどうするつもりなんだ。そう心に言い聞かせるも、すでに許してしまっている自分がいることに今更ながら気づいてしまった。
「白乃瀬」
「……っ」
沈みすぎていた思考を浮上させる。
少しだけ高い位置に青空の顔があって、体を包み込むぬくもりを、暖かさを感じる。
抱きしめられてると理解した瞬間、白乃瀬はこれ以上ないくらい目を大きく見開いた。
「お願いだから、無理、するな」
耳元で聞こえる低音に骨が軋む。きぃんと甲高い耳鳴りがして、頭の奥がずきずき痛み出す。
「やめ……っ」
かすかに声が震えた。
これまで誰も踏み込んできたことのない領域。
刹那、頭の中に浮かび上がるのは大切で大事だったあの子のこと。
ああ、間違えるわけにはいかない。青空は、ようやくできた友人なのだ。心を許せる、大切な。失うわけにはいかない。大切なんだ。大切。とても。大切。失いたくない。
「青空、ごめん、ごめん、僕もう寝ないと」
ぐいっ、と抱きしめてくる朔の胸を押し返す。いつも通りの笑みを貼り付けて、背を向けた。
「白乃瀬!!」
「青空、いい、よく聞いて。僕はだめだ。ほかはいくらでもいいけど、僕は駄目。それだけをわかっていて。僕は、青空を失いたくない」
「なに、なにそれ、どういうこと、ねえ」
「じゃーね、おやすみぃ」
返事は聞かない。
青空の言葉から耳を塞ぎ、自身の部屋に入ってしまう。
「――ぁ」
琥珀の瞳が切なげに歪んだ。
考えなくてはいけないことがたくさんありすぎる。
こめかみが痛み、頭痛に襲われた。深く息を吸い込み、ずるずると扉に背を預けて座り込んでしまう。唇を強く噛み締め、後悔の念を無理やり押さえ込んだ。
「……くそっ!!!!!」
結局、この言いようのない感情は押し込めるしかないのだ。我慢するしかないのだ。
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