46 / 82
044
すでに迎えが向かっているということは今夜にでも車が到着するだろう。
持って行く荷物やら外泊届けやらの準備をしなくてはと、まずは生徒会室に置きっぱなしにしているスクールバッグを取りに来たのがいけなかったの。
「会長……」
扉を開けた先には久しく姿を見る神宮寺がいた。
「すまなかった」
紅葉の姿にポカンとしたのも一瞬。開口一番に彼は謝罪を口にした。腰を九十度近くまで折り曲げ、固い声音で言う。
「今更、なんのつもり」
「……そう、だな。俺は自分のことしか考えていなかった。茶番だなんてわかってる。知っている。理解もしている。言い訳にしかならないことも。だが、それでも俺は欲しいモノがあった。手に入れたいモノが。結果、白乃瀬に尻拭いをさせる形になってしまった」
「……僕、失望しているからねぇ? 暴君で俺様で、それでいて仕事にストイック。そんな、そんな生徒会長の神宮寺を尊敬をしていたんだから」
嫌悪を表す表情に神宮寺は顔をあげて真意の分からぬ瞳で紅葉を射抜いた。
そもそも、手に入れたいモノって、欲しいモノってなんだ。転校生のことか。もしそうだったなら反吐が出る。
日之が謹慎処分にされて時間が空いたから生徒会室にやってきたとしたら? 今更、と言葉を積み重ねる紅葉を今にも泣きそうだった。
この軽そうな男は人の食えない笑みを浮かべているイメージで、こんな表情をされるとどう対応したらいいかわからなくなる。表には出さないものの内心困り果てていると、生徒会室に並立されている仮眠室の扉が開いた。
「ちょっと、何白乃瀬泣かせようとしてるの」
「は? いや泣かせようとなんて」
「会長、下郎」
「おい待て新田。先輩に対してその口の聞き方はないと思う」
出てきたのは不愉快そうな宮代といつにもまして無表情の新田。宮代の辛辣な言葉にムッとするも、ここで言い返したらさらに厳しい言動が返ってくるに違いないと過去の経験から口を噤んだ神宮寺。悪いのは自分なのだと理解もしているし、これからのことも今までのことも思い、白乃瀬と和解をしたいが口が重たくなかなか言葉が出て行ってくれない。
「……はぁ、私が言いますよ。白乃瀬には以前言いましたよね。私が、太陽に神宮寺を取られたくなくて道化を演じていたと。自分でいうのもなんですが、両片想いだったみたいなんです」
「――……え?」
宮代の言うことがすんなりと頭に入ってこない。
「じ、じゃぁ、会長のどうしても欲しかったモノ、って、副会長の、こと?」
「そういうことです」
「……そういうことだ」
転校生は利用されていたのか、と他人事に呟いた。
「あは、絶対許すもんか」
室内の温度が急激に下がったのは気のせいではないはずだ。
当事者である神宮寺だけでなく宮代に新田までもが顔色を悪くした。
「――なぁんてね。ホントはそう思ってたんだけどぉ、気が逸れちゃったぁ。なんか宮代と神宮寺はくっついたみたいだしぃ? もうどうにでもなれって感じぃ」
わざとらしく肩を竦めて舌を出せば、空間に安堵の息が漏れ、メンバーに笑いが溢れる。
「ふふっ、やぁっと全員そろったねぇ」
「そうですね……いままで白乃瀬に任せっきりだったことの償い……と言えば都合がよすぎるかもしれませんが、一週間くらい休んでくださって構いませんよ?」
「あ? お前何勝手に」
「無能は黙ってください」
「ウィッス」
宮代には逆らえない安定の神宮寺に懐かしい気持ちが胸に溢れる。日之が転校して来る前まで当たり前だったことが懐かしくて仕方ない。
「失われた信頼を取り戻すのは、大変だろうな」
「別に、だいじょーぶじゃないのぉ? 僕は知らなかったけど、会長の親衛隊さんたち知ってたみたいだしぃ」
「……なにをだよ」
「会長と副会長が両片想いなこーと!」
両目を見開いて固まった神宮寺とはうらはらに神妙に頷く宮代。どうやら、親衛隊員にバレたとわかった頃から相談をしていたらしい。どうやって気持ちを伝えたらいいか、どうしたら振り向いてくれるだろうか。
きっと両片想いだとわかっている親衛隊員たちには答えづらい相談だっただろうに。
「てっきり、二人共付き合ってるのかと思ってたー」
「……むしろ付き合ってなかったことに驚き」
多種多様な反応を見せる彼らに、紅葉はただただ願った。この日常が壊されないことを。平穏が続きますようにと。
ともだちにシェアしよう!