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恋は盲目とは、よく言ったものだ。
「神宮寺」
昨夜寮の自室を訪れたのは美しく成長した幼馴染の宮代だった。動く度さらさらと流れる黒髪に目を奪われていると、宮代は睫毛を震わせ気持ちを整えるように息を吐き出した。
いつもと違う雰囲気に、柄にもなく神宮寺は握った拳に汗をかいた。
親同士の仲がよく、初めて顔を合わせるのも早かった。今はもう朧気な記憶だが、あの瞬間だけははっきり覚えている。
母親と手を繋ぎ、恥ずかしそうに微笑む宮代は本当に愛らしくて、「ああ、これが一目惚れか」と幼いながらも理解をした。ぬばたまの髪に名前のごとく真白い肌、紅色の唇は官能的で、童話の白雪姫みたいだった。
「お前が部屋を訪ねてくるなんて珍しいな」
胸中の動揺を悟られないようにいつもを装いながら部屋へと招く。
まさか部屋に招き入れることになるとは思わず、散らかりっぱなしの乱雑な部屋に苛立った。なぜ片付けておかなかった自分。ここ最近、あの転校生がうるさくてうるさくて積もりゆく苛立ちを解消しようとひたすら寝て過ごしていたせいで、部屋の片付けを怠っていたのだ。
テーブルに置きっぱなしのコップやグラス。ソファの背もたれにかけられた私服やらをかき集めて一箇所に放る。崩れた雑誌や新聞をまとめていれば、横に並ぶ気配を感じ、驚いて振り返れば、仏頂面で宮代が片付けをしていた。
「全く……なんですか、この汚い部屋。子どもじゃあるまいし、部屋くらい片付けられるようになったらどうですか」
「……これはたまたまだ。お前が来るとわかってたら、ちゃんと片付けてたさ」
「そういうことを言っているのではなく、日常的に掃除することを週間になさいと言っているのですよ。あなたは昔からそうです、一度出したものをなかなか片付けられず、遊びに来た私が片付けるハメになって……」
「……悪い」
「別に、いいですよ」
コップやグラスを手に、キッチンに向かう宮代の背中に視線を投げた。
そういえば、こうしてゆっくり会話をするのが随分久しいように思う。特に、転校生が来てからはいろいろ躍起になって、生徒会室にさえもまともに行っていないし、どこにいても転校生がついて回って、会話をする暇もなかった気がする。
生徒会の仕事は、どうなっているのだろうか。
放置していることに胸が痛み、眉間の皺が深くなった。
「そんな顔するなら、生徒会室にくればいいのに」
頬に触れた冷たい感触に目を瞬かせた。
「みやし、ろ……?」
「もう、あの頃のように雪乃とは呼んでくれないんですね」
切なげに微笑した宮代の手が微かに震え、静かに離れていく。
「っ……雪乃」
それが、宮代自身が離れていってしまいそうで、離れていく手を掴み引き寄せ、腕の中にその細い体を閉じ込めた。
息を呑む音が耳のすぐそばで聞こえる。
「雪乃、雪乃……好きだ。ずっと、好きだった」
「ま、さと……? 何言って……だって、あなたは、あの転校生のことが」
「そんなわけない。俺は、雪乃と出会った時からずっと、ずっと……雪乃のことを想って生きてきたんだ。いまさらそれが変わるなんてありえない」
肩が濡れる感触に抱きしめる力を強くした。逃がさないとでも言うかのように。
「お前が、転校生を気に入っただとかぬかすから、躍起になってて、……あーくそまじ俺馬鹿だわ」
「……馬鹿なのは、いつものことでしょ」
笑いを含んだ声音に少なからず安心して神宮寺は続ける。
「でもまさか、雅人が私のことを思ってくれているなんて、知りませんでした」
「……知られて、嫌われるのが嫌だったからひたすら隠してた」
「ふふ、天下の会長様が実は奥手だったなんて。ヘタレなのは知っていましたけどね」
「ヘタレは余計だ」
宮代が背中に腕を回してきたことに言葉を詰まらせてしまう。
「知ってました? 私、一目惚れなんですよ」
何も言わないのをいいことに、宮代は早口になりそうなのを堪えて必死に言葉を紡いぐ。この関係が変わるようにと願いを込めて。
「ねぇ、雅人。好きです。好き。どうしようもなく、あなたのことが好きなんです」
「――俺は夢でも見てんのか」
「……なんですか、それ。人が一世一代の告白をしたというのに。返事もしてくださらないなんて、紳士的じゃありませんよ」
思わず口角が上がり、顔がにやけてしまう。
高嶺の花と言われる想い人は、自分のことが好きだったなんて。嬉しすぎる。
「返事なんて決まってる」
耳元に口を寄せ、背筋に響く甘い低音で囁くのだ。
「……俺がずっと、愛してやる」
明日はきっと学園中が大変だろうな、と想像してはにかんだ。学園で一大カップルが誕生した瞬間だった。
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