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「もみじちゃん、大丈夫?」
「──ッ!」
目を開ければ、従兄弟が心配そうに顔を覗き込んでいた。
心臓がバクバクと鳴り、手足が痺れてうまく動かせない。嫌な汗が背中を滑り、無意識のうちに従兄弟の服を掴んでいた。
どうにも気持ちが落ち着かない。
窓の外は明るく、動いていた車も止まっている。趣のある住宅街。その中でも特に異彩を放つ大きな黒い門。見慣れた景色に息を吐きだした。
帰ってきたのか、と。
「大丈夫やから、落ち着きぃ」
頭を撫ぜ、安心させようと微笑した灯に強張っていた表情が緩められた。
「あき……」
目が潤み今にも泣き出してしまいそうな紅葉に目を見張り、驚く灯だがすぐに気持ちを切り替える。
愛しい紅葉が頼ってきてくれたことに嬉しさを感じ、柔らかく腕の中に閉じ込めた。いつものような、無理やりではなく慰めの抱擁だ。
「どうしたん? もみじちゃんらしくないで? 怖い夢でも見た?」
「ゆ、め……うん、怖い、怖かった」
いつになく甘えん坊。一定のリズムで背中を叩いてあやし、動転している気持ちを落ち着かせる。
小さい頃からこうすればすぐに笑顔を見せてくれた。怪我をしたときも、叱られたときも。純粋で無垢な真っ白い笑顔。何色にも染まっていない笑顔を守りたいと思った。
「もうなんも怖いことなんてあらへんよ。俺がついとる。だから笑って?」
「……うん、うん。も、大丈夫。ごめん、ありがとう」
真っ直ぐに向けられた笑顔に胸が高鳴る。
もう向けられないと思っていた笑顔に、心底安心した。不安を取り除けたことに笑みを漏らす。大丈夫、まだこの子は頑張れる。
明るいとも言えない、儚げな笑みに、改めてこの子を愛しているのだと実感した。
「……あ、お家着いたけど行けるかいな?」
「平気。……ふうわさんは?」
運転していたふうわは数分前に屋敷内へ荷物を置きに行っている。
行こうと片手を取ってエスコートされ、表情を曇らせた。
灯はなぜか小さい頃から女の子扱いしてくるのだ。普段は我が儘な癖に、たまによくわからなくなる。
「………ただいま」
「おかえりなさい。紅葉様」
立派な門を潜れば、柔らかい笑みを携えた男が迎えてくれる。
数ヶ月ぶりに会う付き人のひらりの変わっていない笑顔に安心した。
「当主様が柊の間でお待ちになっております」
「そう……わかった」
「なぁ、ふうわ何処や?」
キョロキョロとあたりを見回す灯に表情を崩さずにひらりは答える。
いつも思うが、ひらりは灯に対して少々あたりがキツイ気がする。……ふうわのようにあからさまではないにしろ、灯に対していい印象は持っていないようだ。
余談であるが、ひらりとふうわは二卵性の双子である。父親似が兄のひらり、母親似が弟のふうわ。何かと対極な二人だが仲は悪くない。良いとも言えないが。
「ひらりが居ったら安心やし、先行っとるで」
パッと手を離して家の中へと消えていった従兄弟に呆気に取られた。今まで離れろと言っても離れなかった癖にどういうことだ。
握られていた手は熱く熱を持ち、若干の痺れが残った。
屋敷の中に消えていった従兄弟の背中に小さく息を吐いてひらりを振り返る。
「僕たちも、行こっかぁ」
「かしこまりました」
一歩斜め後ろにひらりを感じる。
深く深呼吸を繰り返し、意を決して門の内側へと足を踏み出した。
(ただいま)
もう一度心の中で告げる。
『外』とは違う清廉で美しい空気が漂う。限界まで清められた敷地内の空気に自然と心が落ち着いていく。
帰ってきたくなかったと思う反面、どこかでやっと帰って来れたと安心する自分がいる。無性にこの屋敷の空気を吸うと安心してしまうのだ。
外の世界は怖いことばかり。おうちが一番安全だよ、と刷り込まれ育てられた紅葉にとって、実家は世界で一番安全な場所だとインプットされている。成長して、いまでは屋敷以上に安全な場所もあるとわかっているのだが、やはり幼い頃から言い聞かせられてきたことはなかなか改善されることはない。
この場所は、紅葉が被っている皮を全て剥ぎ取ってしまう唯一の場所。
最後に帰ってきたのは日之が編入してくる直前。年月にしてみればそれほど経っていないが、紅葉にしてみれば長い間帰ってきていないように感じられた。
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