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 とんとん、とんとん、肩を揺らされる。 「おきてくださいませ、あにさま」 「おきて、おきてくださいあにさま」  舌足らずな幼子の声が兄と呼んだ。  朧げな意識と定まらない焦点が枕元に座る幼子の双子を見つける。 「……どこの、子?」 「あたしく白乃瀬のおいえで」 「これからおせわになります」 「二葉(ふたは)です」 「三葉(みつは)です」  よろしゅうおねがいします、と声揃えた瓜二つの幼子は三つ指をついて丁寧にお辞儀をした。  白い肌、宝石が埋め込まれた真ん丸の赤い瞳、肩上で切り揃えられた黒髪。着ている着物は真っ黒い布地に流水の家紋が白で刺繍されている。至ってシンプルな着物だが、生地は上質なで、専属の呉服屋で仕立てたのだろう。帯は赤い格子柄で、蝶々結びにされている。一見、男か女かわからなかった。  気だるく重たい体を起こし、乱れた黒髪を手櫛で整えながら鏡写の双子を見やる。  揃い子は禁忌の証。それをわざわざ本家に迎え入れた意味とは、何か。 「おもては若葉のあにさま」 「うらは紅葉のあにさま」 「ぼくらははざまを」 「任されたのです」  はざま、狭間?  繰り返した紅葉に「はざま」と頷いた双子。  未だにぼーっとする頭で考える。うらは裏側で、おもては表側。白乃瀬の表側を継ぐのが若葉で、裏側を継ぐのが紅葉。狭間と双子は言う。表と裏の狭間、中間、間? 「大おばあ様が」 「おっしゃられました」 「ぼくたちはあにさまを」 「つなぐやくめなのだと」 「繋ぐ……?」  双子の言うことがいまいち理解できない紅葉はぼんやりと視線をさ迷わせた。  表の若葉と裏の紅葉。狭間の二葉と三葉が表と裏を繋ぐ。  関節に残る痛みを無視して、布団から這出た紅葉は双子へと手を伸ばした。揃い子は禁忌だと言いながら、白乃瀬の一族には揃い子がよく産まれる。確率で言ってしまえば七割を超えた。そしてそれと同じくらいに揃い子として産まれた子供たちは異能を持って生を受ける。  一族内で有名な異能であれば紅葉の兄姉にあたる本家の三つ子の『千里眼』『過去視』『未来視』だろう。  おそらくだが目の前でちんまりと座る双子にも何か異能を宿している。紅葉自身に不思議なチカラはないが、感知することには事の他長けているのだ。見えない、聞こえない、話せないと三拍子揃っているが、誰よりも感じることに優れている。水神の器に選ばれたのも、それが一役買っているだろう。影も形もわからないのに、気配だけは感じ取れるというは存外恐ろしいものだ。 「……ひらりは」 「ひらり?」 「僕の側付き」 「黒いおにいさんなら、大おばあ様に呼ばれて」 「さっき出ていきました」 「そう……」  それっきり口を噤んだ双子にどうしたらいいのか頭を悩ませる。  儀式からどれくらいの時間が経っているのか。学園へ戻ってもよいのか。聞きたいことはたくさんあるのに、うまく言葉が出てこない。  曾祖母に全てを尋ねれば解決するのはわかってはいるが、身体的に回復していない今体、を起こしているだけで精一杯なのに柊の間まで行く気力は微塵にもなかった。 「ふつか」 「え?」 「あにさまがぎしきをおえて」 「ふつかがたちました」  困惑を感じ取ったのか、小さな口を開いた双子は互い違いに言葉を紡いだ。  二日、ということは今日は木曜日。できることなら早いうちに学園へ戻りたいが、このまま体調が戻らなければそれも難しい。  生徒会もどうなっているか気になるし、何よりもここは寂しかった。学園よりも落ち着くのは確かだ。だが、静かすぎる。  寮は防音加工のされた部屋から一歩外に出れば穏やかな団欒が広がり、校舎へ向かえば賑やかな声が響く。  学園に慣れすぎた紅葉は、静かすぎる屋敷が冷たく感じられた。 「あにさま、あにさま」 「どうなさいました?」 「どこかいたいのですか?」 「どこかくるしいのですか?」  変わらない無表情だが、どことなくしょんぼりとしているように見え、なにもしていない新しい幼い弟たちにあたるのも大人気ないと首を振り、大丈夫だと伝える。 「あにさま、ぼくに」 「あにさまのことを」 「おしえてください」 「たのしいこと」 「かなしいこと」 「たくさんたくさん」 「おはなしを」 「してください」  たどたどしく、感情の起伏がない平坦な声音は分家の子供たちによく見られる症状だ。  神に――水神に仕えるモノとして余計なものを一切取り払って教育をされる。本家の子供は将来を決められているが、まだ自由がある。比べて分家の子供は、学校にも通えず、外にも出られず、特殊で独特な風習の中で生きて死ぬ。  可哀想だと同情しようが分家の彼らには何が可哀想なのかがわからない。だってそのように育てられたのだから、不平不満など出るはずがないのだ。  そのことを考えれば双子が本家の養子になってよかったのかもしれない。それがたとえ一生を(しがらみ)に苦しめられることになろうとも。 「そう、だねぇ……」  体調が元通りになるまで少し時間がかかるだろう。その間の、暇つぶしの相手になってもらおう。 「新しい弟たちと、仲を深めるのも悪くないかもなぁ。さぁ、何が聞きたい? なーんでも、話してあげるよぉ?」  薄く笑みを浮かべ、双子の頭を撫でる。  サラサラと、指の間を黒髪が溢れた。

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