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 運営のテントの下、まだ体育祭も始まっていないというのにジリジリと照りつく日光に汗を流しながら青い空を睨みつけた。  土埃が風に舞い、興奮覚めやらぬ様子の生徒達は今か今かと開催されるのを待っている。 「……あつい」  ダラリとパイプ椅子に座って暑さを訴える紅葉の横には汗ひとつかかず優雅に足を組んだ宮代が座っている。  生まれは京都、育ちも京都な紅葉は暑さに強いように思えてとても弱かった。ついでに寒さにも弱い。ちょうどいい秋が好きだ。 「このくらいで暑いって……八月九月になったら溶けるんじゃないですか?」 「うるさい……逆に、なんで宮代は汗かいてないの……意味わかんない……」 「まぁ、それほど暑いとは感じませんね。白乃瀬がオーバーアクションなんじゃないかと思いますけど……というか、暑いなら上脱げばいいじゃないですか」  宮代が言う事もごもっともなのだが、如何せん水嶋に脱いだらダメだと言われていたのだ。  肌が白いのもあって、赤くなりやすいのだからと日焼け止めのクリームを丹念に塗られながら物凄い勢いで諭された。せっかくシミ一つないのだから、とも言われたがそれは出不精だからなだけであって、紅葉としてはもう少しばかり健康的な肌の色まで焼きたいところだった。  日焼けしにくいのもあり、不健康な白い肌は暗闇にいると妙な迫力があると言われたことある。 「僕、今だけは役員で良かったって心底思う」 「あぁ、外での行事だと運営テントの下にいられるからですね」 「……」 「図星だと黙るの止めてくれませんかねぇ。会話が続かないんですよ」 「そこが紅葉君の悪いところだね。都合が悪くなると無口になるのとか」  ピタッと首筋に当てられた冷たい感触に体を大きく跳ねさせた。目を白黒させながら後ろを振り向く。 「うえっ! あ、理事長先生?」  大げさな反応に肩を揺らして笑う理事長。片手には見ただけでキンキンに冷やされているとわかるペットボトルが握られている。  開会式はすでに始まっており、たった今理事長挨拶が終わったばかり。超がつくほど多忙である理事長の滅多にない激励に、親衛隊だけでなく全校生徒が興奮し浮き足たっている。こころなしか先生たちのテンションも高い。  理事長挨拶が終われば次は生徒会会長挨拶と風紀委員会委員長からの諸注意だ。  組み分けは全て籤引きでの決定である。  神原率いる月白(げっぱく)組。  坪田率いる烈火組。  舞波(まなみ)率いる紺碧組。  組の名前についてのツッコミは無しだ。当初の予定だと普通に紅白青だったのだが委員長会議で「普通過ぎてつまんなーい!」と異議が出たので急遽変更になったのである。誰が言ったのかは伏せておく。 「紅葉君は紺碧組なんだね。てっきり月白組かと思っていたよ」 「……なんでか聞いてもいーっすか」 「そりゃ、月白組の団長が神原君だからに決まってるじゃないか」  やっぱりな! そもそも、組み分けは籤引きなのだから同じになるという確率は低いはずなのになぜ誰も彼もが神原と同じ組じゃないことに驚くのか。  その神原に至っては「なんで違う組なの!? しかもよりによって舞波んとことか!!」と愕然としていた。最近では学年が違うはずなのにニコイチ扱いされるようになってしまい困っているのだ。  身近なところで言えば月白組には宮代や一澄、小鳥遊に四月一日がいて、烈火組には神宮寺、新田、青空が。紺碧組は水嶋、桜宮、有名どころだと美術部部長が組み分けされている。おそらく、一番バランスがいいのは烈火組だろう。パワー型なのが月白組で、つまるところ紺碧組は文系が集まっていた。  団長の舞波には悪いが、優勝は無理だろうなぁと思う。明らかに分が悪い。 「お、会長挨拶も無事終わったようだね」  理事長の言葉に、朝礼台から降りてくる神宮寺を見れば、日に当たって少し肌が赤くなっている。気づけば隣にいたはずの宮代はタオルと冷えたスポーツドリンク片手に神宮寺へと駆け寄っていた。 「なんというか、あれだよね。彼、ほんといい奥さんになりそう」 「美紀さん美紀さん。宮代は男だから。旦那になることはあっても奥さんにはならないと思うな」 「おや、紅葉君だっていいお嫁さんになれると思っているよ?」 「……だから、僕も男! なんだけどな!」  つい声を荒らげてしまえばきょとんとして「紅葉君が実は女の子だとたらそれはそれで驚きだけどなぁ。きっと女の子でも美人だろうね」と、返事が返ってきた。  違う……! そういう事を言いたかったんじゃない……! 「ほら、神原君の出番のようだよ。前に行かなくていいのかい?」 「……行きませんよ……てか、ある意味ここが最前でしょー」  天然疑惑のある理事長が素で言っているのか、それともからかわれているのか長年秘書を勤める月霜しかわからないだろう。その秘書はと言えば理事長の一歩斜め後ろで静かに笑みを携えて控えている。  暑さに茹だりながら神原に視線を向けた。台の上で喋る神原は長ズボンに半袖Tシャツで、額に白の鉢巻をしている。 『風紀委員会からの諸注意です。第一に、怪我なく――』  マイク越しのノイズ混じりの声はどこか遠くに聞こえた。  黒髪に戻してから隣にいるのが当たり前な距離で声を聞いていたからだろうか。  ぼんやりと見つめていれば不意に神原がこちらに視線を向けた。 「……!」  パチンッと星が飛びそうなウインクを投げられ、思わず体ごと顔を逸らした。  一瞬の出来事だが勘の良い生徒達は台上の神原からチラリと紅葉に目を向けている。 「熱烈なラブコールだね」 「……綾瀬川理事長。そのへんにしておかないと白之瀬君に殴られますよ」 「はは、そりゃ怖いね。ふふ、今日は最後までいられるんだ。紅葉君の活躍、楽しみにしているよ」  頭をひと撫でして、職員の待機席へ向かう後ろ姿を睨みつけた。  会釈をした秘書には労りの念も込めて頭を下げる。本当にあの保健医と兄弟だなんて思えないくらい有能なひとだ。元は理事長と友人だった保健医が紹介したらしいが、なぜ雇うまでに至ったのか気になってしまう。  飄々とした理事長も表には出さないだけで好き嫌いが激しいのを知っている紅葉にしてみれば、なぜ秘書の彼がお眼鏡にかなったのかとても不思議だった。 『選手宣誓。各組の団長は団旗を持って前に出てきてください』  放送委員の進行に、役員テントにいた神原は白の団旗、坪田は赤の団旗、舞波が青の団旗を持って朝礼台の前に駆け足で集う。  舞波なんて力が無さそうに見えるのに、喜々として楽々持ち上げたことに驚いた。二メートルくらいの長さの団旗は旗も大きく、それなりの重さがある。試しに、と持ってみたがガクンッと膝から崩れ落ちそうになったのは恥ずかしい思い出だ。 「宣誓!」とそれぞれの色の団旗を掲げた団長たちの声が重なる。 『私達、生徒一同は! 正々堂々、一生懸命力を出し切り、優勝目指して走りきることを此処に誓います!』  待機していた体育委員が太鼓を打ち鳴らし、団長が斜めに先を重ねていた団旗をそれぞれ高く持ち上げれば生徒達から歓声が上がった。 「月白組! 暴れようじゃないか!!」 「烈火の如く、優勝までひたすらに走れ!!」 「紺碧組の皆ぁ! 俺たちは俺たちにしかできないことをしよーう!!」  体育祭が、始まった。

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