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『お待たせしました皆々様! 待ちに待った借り物仮装競争の時間でございます!』
心底楽しそうな声の実況アナウンスに苦虫を噛み潰す。待機列に並びながら早くこの時間が過ぎないものかと願った。
仮装借り物競争は全五レース、各クラスからひとり出場し、三人ずつ出走する。
スタート地点から五十メートル走った先にある仮設お着替えボックスの中に仮装する衣装が配置されている。衣装は事前に学校ホームページでアンケートを取った結果、投票数の多かったリクエストに応える形になっているだが、投票数は非公開な上、出場生徒はもちろん外野生徒もその時にならなければ何の衣装か分からないドキドキを味わえる。まったくもって嬉しくないドキドキ感。
色物競技の名に相応しく、見目の良い生徒がそろっている。やたらキラキラしくて視界が眩しい。
「随分な顔じゃねぇか」
「……。張り切りすぎて足挫いた会長様じゃないですかぁ!」
「お前……実は根に持ってるだろ」
口元を引き攣らせた神宮寺を鼻で笑う。見知った顔がいくつかあるが、げんなりしていたり苦笑いだったりさまざまだ。
雪乃に押し付けられただの、言いくるめられただの、文句を垂れている神宮寺だがノロケにしか聞こえない。嫌味だろうか。
「白乃瀬様ぁ! 白乃瀬様の勇姿、しっかりとこの目に焼きつけますね!」
きゃぴきゃぴるんるん。通常運転の水嶋に荒んだ心が癒された。
第三レースの一番目。可もなく不可もなくといった位置だ。その前で神宮寺と水嶋が、第一レースには新田の姿も見える。
『それではぁ! 長々とお待たせしました! 借り物仮装競争のスタートです!』
目玉競技ともあり、実況の声も張り切っている。摂津が「我らが白乃瀨の出番だからな!」と親指を立てていた。その親指へし折ってやろうかとか思っていたのは内緒である。
人気生徒――ほとんど全員が親衛隊持ちであるために、観客席も最高潮の盛り上がりだ
第一レースがスタートした。
実況席が生徒の軽いプロフィールを紹介していれば、あっという間にひとりがお着替えボックスの中に飛び込んだ。何の衣装かにもよるが、着替える時間も勝敗を左右する。新田は二番目で、なんと我らが団長の舞波が三番目だ。――しかし一番に飛び出してきたのもまた舞波だった。
着ている衣装は『セーラー服』黒いセーラーカラーに膝丈のプリーツスカート。膝下の靴下とローファー。学生鞄まで持っている徹底振り。次に飛び出してきた風紀委員の二年生はシンプルな学ランだ。少し時間を空けてから新田――男物のチャイナ服である光沢のある蒼い生地に昇り竜、袖なしのチャイナ服がよく似合っている。
お着替えボックスを飛び出した先にあるシンプルイズザベストのクジ箱。どちらかと言うと、借り物のほうが厄介だったりする。去年あったのは覚えているところで『Aランキング二十位の生徒』『白衣を着た宮野先生』『茶道部の鉢巻』とかとか。人だったり物だったり。簡単なモノなら『烈火組の一年生』とか。
タチが悪ければ『好きな人』とか。最悪以外の何物でもない。
第一レースの結果はクジで『親友』を引き、体育委員長の坪田にお姫様抱っこをされてゴールした舞波が一位である。
「持つべきモノは親友だね!」とインタビューが聞こえてきた先輩のことだからとっても良い笑顔を浮かべているのだろう。
「今はお互いに烈火と紺碧の団長として敵同士だが、親友と言われて力を貸さないわけにもいかない」美しき友情だ。青春真っ只中なインタビューの感想に胸の内に苦い味が広がった。
「おれ、あーゆーのだいっきらーい」
「え?」
冷たい声音に、つい自分に話しかけられたわけではないのに振り返ってしまう。
汗ひとつかいていない蝋のように白い肌に、爬虫類を思わせる切れ長の瞳。振り返らなければよかったと後悔する。
「……綾部先輩も出場なさってたんですねぇ」
綾部喜市 といえば性悪として有名だ。三年Dクラス――尋や誉と同クラスと言えば誰もが理解する。Dクラス――素行が荒く、まともに登校をしない生徒たちを集めた学級だ。
綾部は素行が悪いわけでも、授業を受けないわけでもない。ただただ性に奔放すぎたためにDクラス入りしたとの噂。真偽は定かではない
「君、誰?」
どこを見つめているかわからない瞳に、紅葉が映りこむ。さらさらすぎるまっすぐの黒髪が頬をくすぐった。
「え、えー……二年の白乃瀬ですけども」
「白乃瀬ナニ君?」
「……紅葉です。秋のモミジで、紅葉」
「ふうん? 紅葉、可愛いね」
ふんわり、と。無表情に近い顔に、花をひらりと開かせる。
「おれと一発ヤらない?」
表情と言葉が伴っていない。頭が真っ白になった。
「色白で黒髪が綺麗。お目目は飴玉みたい。お人形さんみたいに可愛いね。おれのお人形さんにならない?」
斜め上、むしろ直球すぎるセリフに固まってしまう。
やばい奴に目をつけられてしまった気がするのはきっと気のせいじゃない。
おれのお人形さんって、なんだ。お人形さんみたいに可愛いとか初めて言われた。女の子じゃあるまいし、その形容詞で喜ぶはずもない。
「第三走者は前に出てくださーい」
ハッと視線を前に戻した。いつの間にか神宮寺たちは走り出しており、次は自分の番だ。
案内係りに従い、立ち上がってスタート位置へ向かう。――手首を冷たい温度が包み込んだ。
「がんばってね」
心のこもっていないありきたりな言葉だった。気づけば、綾部の表情は元通りの無感情に戻っており、一抹の安心を覚えた。
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