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 パァン、と発砲音が鼓膜を揺らした。むせ返る硝煙の中から飛び出す。 『第三レースがスタートしました! トップを走るのは一年生の斎藤アラン君! アラン君は日本とイタリアのダブルで、学年一の高身長だそうです! なんと十六歳にして百八十センチ近くあるとか! 両隣の会計様と美術部長も平均身長以上あるにも関わらず小さく見えてしまいますね!』 『次点を走るのは三年生・美術部部長の神切一葉(かみきりひとは)です。美術特待生として数々のコンクールで賞を取る画伯! 独特の感性と性格で、コアなファンが多いと耳にしますがまさかこの競技に出場するとは我々も思いませんでした!』 『そして三位は我らが会計様の白乃瀬紅葉でございます! 去年に引き続きの出場ですが、観客の皆さんは覚えていることでしょう――ミニ丈チャイナの会計様を!』  摂津の奴、あとで覚えてろ。思わず舌を打った。 『今年入学した皆さん! 安心してください! 新聞部にてフォトブック”魅惑のハニーフェイス白乃瀬紅葉~春めく一年~”好評発売中でございます! ぜひお求めくださーい!』  人で勝手に金儲けをしている件についてはすでに諦めている。売り上げの何割かは金儲けにされている本人にも行くわけで、生徒会にも一割献上されているのだ。そも、何代か前の生徒会役員が新聞部の動きを廃止しようとしたが、その他大勢(主に親衛隊)の署名により阻止されたことがある。  案の定ビリケツでお着替えボックスに到着した。  仮設更衣室に飛び込んで、ハンガーにかけられた衣装に思わず目を瞬かせた。  真っ白い軍服だ。高いヒールの編み上げブーツに、金の装飾が煌く軍帽。やけにボタンの多い衣装にげんなりしたが、去年のミニ丈チャイナに比べれば最高の布面積。首も背中も足も全部隠れる、最高以外の何物でもない。  動き辛そうではあるが、チラリズムを気にせず走れるのはとても良いことだ。  意気揚々と着替え、鏡で帽子を再確認してお着替えボックスから外へ出た。――同時に、隣のボックスから真っ黒い衣装を纏った美術部部長も出てくる。  まったく同じ形の色違いにお互い顔を見合わせて目を見張った。 『なんという巡り合わせでしょう! 白と黒、ふたりの軍服が見られるキセキ! 僕としては会計様が軍服ということに驚いています! カッコいい衣装も似合う会計様、さすがでございます!』 『ここで新聞部よりお知らせです。来年一月、会計様フォトブック第二段”色付くモミジ~風紀委員長を添えて~"発売予定です。随時ご予約承っております! 詳細につきましては新聞部までお問い合わせください』  神切が一歩前を走る形でリードしたまま、くじ引きにたどり着き、手を突っ込んで勢い良くクジを引いた。引いて――固まった。  石のように動かない神切を横目に、たどり着いた紅葉もクジを引く。どうせビリなのだから、慎重に選んで引いて、目をぱちくりと瞬かせた。 「……部長、お題なんだった?」 「そういう、キミこそ」  ぺら、とお互いのお題が書かれた紙を見せる。  現在トップを走っている一年生はまだお目当てのお題が見つかっていないようだ。 「これ、ワンチャンある?」 「よぉし、頑張って走ってください!」 「キミも走るんだよッ!」とお互いの手を握り締めてゴールに一直線だ。お題を手に入れた一年生もすでに走り始めているが、クジ箱からゴールまで百メートル。圧倒的に紅葉たちのほうが近かった――しかしながら、いかんせん、二人そろって運動音痴である。 『おおっと!? これはどうしたことでしょう!? 我らが会計様とミステリアス代表美術部長が手を取り合って走り出します! 一体全体お題はなんだったのか、気になるところですが――』 『一年生アラン君もお題……アレはメガネでしょうか! メガネを手に距離を詰めます! ものすごい追い上げです!』 『クラスメイトとしてはもちろん会計様を応援したいわけですが、皆さん知ってのとおり会計様の運動音痴を思うと一年生のアラン君は十分に一位を取る可能性があります! ぜひ頑張ってください!』 「ちょ、もっと早く走って、くださいっ!」 「む、り言わないでくれる!? 運動は、専門外なんだよッ」  歓声が大きくなる。お互いの手を痛いくらいに握り締めて、前へ前へと足を出すが気持ちばかりが急いてしまう。 (あと少し、あと少し――!)百メートルってこんなに遠かったっけ。  近づいてきたゴール付近、感情の読めない顔で神原が立っていた。  ドキ、と心臓の裏で脈が鳴り、繋いでいた手から力を抜いてしまう。 「バカっ! キミがちゃんと握ってないとダメだろ!」  即座に罵倒が返ってきて、手を繋ぎなおされた。離れないように、と貝殻繋ぎできつく手を握り締められる。なんだか、胸も締め付けられた。 『――ゴールッ!!  一位は同着、月白組と紺碧組! 仲良く手を繋いでゴールした白黒軍人さん!』 『数秒送れて烈火組もゴールしました! さて、お題を聞いてみましょう!』 「同着一位おめでとうございます! お題の確認です。会計様のお題は――『いとこ』? 神切部長は、『親戚』! ……え、え!?」  お題の確認にやってきた生徒は紙と紅葉と神切を交互に見ては口をぱくぱくさせる。  周囲の生徒はなんだなんだとざわめきが広がった。 『一体どうしたことでしょう!』 『な、な、な、なんと!! 速報です! 会計様と神切部長が血縁関係にあることが発覚いたしましたぁ!?』  大混乱である。  まさに波乱の運動会。  苦い表情の紅葉と神切。言われて、よくよく見れば顔立ちがそっくりだ。柔らかい目元だとか、まろい輪郭だとか。雰囲気がよく似ている。 「関係性の確認をしたいなァ」  はい、と声を上げたのは神原だ。  にっこり笑みを浮かべているはずなのに、その視線は冷たくて、じぃっと未だ繋がれたままの手を見つめている。ハッとして、手を振り払った。神切に怪訝な顔で見られるがそ知らぬふりだ。 「母のはとこの子どもが会計君」 「……つまりほぼほぼ他人?」 「いやいやいや、違うって。僕の曾祖母の姉の孫の子どもだから十分親戚でしょ」 「そうそう。父の従兄弟の従兄弟だから。いとこって入ってるし、ゴーカクでしょ」  ねー、とふたりそろって顔を見合わせた。  親戚の集まりで顔を合わせるのだから、親戚で合っている 「ふうん、まぁ、そういうことにしといてあげる。紅葉君はあとで覚悟しておくように」 「はぁ!?」  目を見張った。何を覚悟しておけというのだ。神切のことを秘密にしていたから? わざわざ「とおーい親戚がいます」なんて言わないだろ。  神原の周りにいる生徒から生暖かい視線を向けられる意味もわからない。なんなんだ一体。  ごたごたしつつも、仮装借り物競争も無事に終了してようやくお昼休みだ。  余談であるが、性悪美人の綾部はスリットの深いロングチャイナドレスだったとだけ記 しておく。

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