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休んだような休んでいないような昼休みを終えて、午後の部が始まった。
中央のトラック内で三組の応援団が応援合戦を繰り広げている。運営テントの下でそれを眺めていた。午後の部も盛り上がる競技がたくさんだ。神原はふたつのリレーに出場予定と聞いた。求めていない情報だが、日乃は学年リレーに出るようだ。
「烈火組が六百二十点。紺碧組が六百十点」
「月白が六百点ですか。なかなか拮抗していますね」
手元の得点表を背後から覗き込んできた宮代にげんなりする。
「……やぁ、副会長」
「イヤですねぇ。そんな顔しなくてもいいじゃないですか。僕と白乃瀬の仲でしょう?」
キラキラキラ。夏の暑さを感じさせない涼やかな笑みに辟易とした。
同じ状況下だというのになぜ宮代には余裕を感じられるのだろう。疑問である。
思いのほか紺碧組が頑張っている。自身が所属する組だからこそ言えることだが、紺碧組にはスポーツ特待生や運動部エースといった活発的な生徒が圧倒的に少ない。何の因果か文化部や文化特待生が多く所属するクラスが割り当てられ、運動の苦手な生徒が多かった。
それが、まさか午前の部が終わった時点で総合得点二位だとは誰も思うまい。
午後は加算得点の大きい競技ばかりだ。今現在は二位を獲得していてもどうなるかはわからない。
烈火組が一位だが、月白組みが首位に躍り出る可能性は十分にあった。何と言ったって、率いている人が風紀委員長だ。
「会長の仮装は堪能した?」
「もちろん! ツーショットも撮ったし、ピンでも! 走ってるところも撮りましたよ!! 聞いてくださいよ、雅人ったらあんなパツキン外人顔なのに意外と和服が似合うんです……正直、コスプレっぽくなるかなって思ってたのに、なんかちゃんと着こなしてて、ちょっと襟元を崩してるところなんて、もう、もうッ!」
「あーはいはい。ノロケ乙。ご馳走様です、ありがとうございましたぁー。またのご来店をお待ちしておりまぁす」
棒読みもいいところだ。早めに止めなければノロケが溢れ出して際限なく喋り続ける。誰が好き好んで友人のイチャイチャ話を聞かなければならないんだ。
散々惚気た末に「で、あなたはどうなんですか?」と恋バナを続けようとするのが宮代の悪いところだ。どうなんですかも何も、紅葉には相手なんていないし、これから作るつもりもない。どうなんですか、と尋ねているにも関わらず、宮代が聞きたいのは神原との話に決まっている。どうもこうも、するつもりはない。
昼休み、ほんの少しだけ心が揺らいでしまったが、それもほんの気の迷い。進展するつもりも、させるつもりもないのだから、どうなることもない。
「あなたは風紀委員長と写真撮らなかったんですか?」
「……撮ったよ」
「良かったじゃないですか。委員長もご満悦でしょうね」
「まぁ、やたら機嫌はよかった」
「けどお昼休憩で急降下」
「それが聞きたかったんでしょ」
遠目で見える神原の横顔は、どことなく不機嫌そうだ。
「太陽と接触したって」
「あの子さあ、ほんとそろそろどうにかしないとマズイでしょ」
もちろん、と答える宮代だがその顔色は明るくない。
理事長にはすでに相談済みだ。生徒のことを想う理事長であればなんとかしてくれる、と希望を持ち相談をしたが返事は芳しくはなかった。難しい表情で「ごめんね」と一言だけ。
そのほかの説明は一切無い。つまり、理事長の力が及ばないところでの問題というわけだ。
日乃に関しては、簡単には解決しない。意見が一致している。
綾瀬川学園は日本でも有数の進学校だ。しかし、日乃の成績はいたって普通だったと記憶している。だから転入クラスもCクラスだったはずだ。まう日乃の成績では編入試験にすら合格はできない。そしてさらに言うなれば、前の学校で暴力問題を起こして停学になっている経歴がある。――なぜ日乃は転入することができた?
問題児である、としか注目をしていなかった日乃に、疑問が降って沸いた。
目を見開く紅葉と、同じ疑問に至った宮代は息を漏らす。
「……裏口?」
「間違いなく。でも、調書だと日乃って一般家庭じゃなかった? お金を積んで入れるほど富裕層じゃないよねぇ?」
「ええ。父親も母親も中流企業の勤めのはずです」
「そうなると、裏口とまた違う別口?」
「――身内、じゃあないですか」
思い出した。ハッと顔を上げて小さく呟く。
「理事長の身内、とか。以前、太陽が理事長のことを『おじさん』と呼んでいたんです」
「……待って。待って待って待って」
「どうかしました?」
思わず額に手を当てる。
最悪なことに思い至ってしまった。
「宮代には言ってたっけ。僕、理事長の甥」
「……以前、聞いたような聞いてないような。――え、ちょっと待ってください、あなた、」
当然、紅葉が思い至ったことは宮代も容易に頭に浮かぶだろう。
紅葉は理事長の甥だ。日乃は理事長のことを『おじさん』と呼んだ。伯父とも、叔父とも取れる。
「もしかして、僕とあの宇宙人が親戚関係……?」
後に、このときの紅葉はこの世の終わりが来たとでも言うかのような顔をしていたと宮代は語る。
ありえなくない事実に愕然とした。
「おやまぁ」なんて目をぱちくりさせる宮代と違い、紅葉は絶望に打ちひしがれている。あんなのと親戚関係にあるだなんて、嘘でも公にしたくない。早急に事実確認をしなければ。
ジャージのポケットに入れていた携帯を取り出して、付き人にメッセージ連絡を送る。優秀の彼のことだからすぐに調べて返事が来るだろう。
二分と待たずに携帯がブブッ、とバイブを鳴らし、通知がディスプレイに表示された。
「……わぁお」
「さすが、早いですね。それでどうだったんです?」
「理事長は僕の母親の兄なのね。理事長はさぁ、白乃瀬から外に婿養子に行ってるんだよ。ひらり曰く、婿養子に行った家系に日之があるんだよなぁ……。日之君は理事長の奥さんのきょうだいの子。理事長と直接的な血の繋がりはないけど、まぁ、言っちゃえば僕と日乃君はとおーい親戚だってさ」
げんなり、顔色は芳しくない。白乃瀬の血筋だったらどうしようかと思った。親戚は変わり種ばかりだが、日乃のような者はいない。居ればきっと、家系図から消されている。
大元を辿れば、きっと同じ血を繋いでいるのだろう。白乃瀬はとても狭い世界で生きている。外に嫁ぐとはモノは言い様で、濃くなりすぎた血をある程度行ったら薄めるために、血の薄くなりすぎた遠い遠い分家と婚姻を結ぶのである。
きっと、今回は理事長がその役割を担ったのだ。
「あー……なんとも、理事長に近いですね。しかも婿養子だったんですか……。それだと、なおさら言いにくいでしょうけど」
苦い表情だ。どうしようもない、手詰まり。
「……まあ、僕の親戚であるなら、夏休みに帰ったときにでも上の人に聞いてみるよ」
「どうにかなるんですか?」
胡乱げなまなざしに溜め息を吐く。
できることなら、一族に必要以上に自ら関わりを持ちたくない。
現当主に口添えを頼めばきっとすぐにでも解決する。それで終わればよいが、絶対に終
わるわけないのが目に見えている。
「――どうにかなるでしょ」
諦めた微笑が目に焼きついた。
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