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「白乃瀬先輩って、やっぱ風紀委員長のこと好きなんスか?」  またこの後輩は適当なことを喋る。白い目で隣に座る新田を見やる。  トラック場ではリレーが始まろうとしていた。常日頃の下克上だ、と一年生や二年生は意気込みを見せ、学年でも随一の脚の早い生徒が出場するガチ競技である。 「何言ってんのキミ」 「え、いや、そんな冷たい目で見ないでくださいよ。俺なりに考えた結果っす。誰がどー 見ても明白でしょ」  何を言っているんだ、と逆に呆れた目で見られた。心外だなぁ。唇を尖らせた。細められた瞳は琥珀色を揺るがし、不思議な色彩を見せる。人成らざるモノのそれはきゅるりと瞳孔が細くなって、琥珀色に解けた。  不思議な変化に新田は気付かず会話を続ける。 「まだ返事ってしてないんですよね」 「……してないけど」 「昼もあんな熱烈な告白されてたじゃないッスか。顔真っ赤にして、白乃瀬先輩にも可愛いとこあるんだなーって思いました」 「――見てたの!?」  詰め寄る勢いで顔を近づければイヤな表情で背中ごと避けられた。ほんの少し傷ついた。  頬を引き攣らせて、紅葉の鬼のような形相に「あんだけ大きく騒いでたらそりゃ目立ちますよ」と日之とのやり取りまで見ていたことを新田は白状した。  見ていたなら助けに入ってくれてもいいではないか――と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。新田も日之に付きまとわれている被害者で、むしろ大きな二次災害に転じる可能性もあった。それを鑑みれば、間に割って入らなくて正解なのだろうが、その後の神原の機嫌やら宮代の嫌味やらを思い出すとやっぱり助けてほしかった気持ちもある。 『ここで! 選手の紹介でっす!!』  少女めいた甲高いアルトボイスに、再びリレーに目を向けた。  足の速さに自信のある生徒たちは、紅葉には考えられないスピードでトラックを一周していく。大柄だったり、華奢だったり、体型はさまざまだ。中学生と間違えてもおかしくない小さな生徒がとんでもないスピードで走り抜ける様に目を見張る。  一年生はスポーツ特待生や陸上部、サッカー部だったりと運動部を中心に出場しており、現在トップを走る選手も一年生だ。身体も成長しきっておらず、小柄で細身の彼らは風の抵抗を受けにくく、スイスイ前へ泳いでいく。 「新田君は出ないんだね」 「……そんなに運動得意じゃないんで」 「キミってわりと嘘吐きだよねぇ。嘘吐きは泥棒の始まりだよー? 狼少年になってもしぃーらない」 「アンタに言われたくないんスけど」  あぁ、耳が痛い。  耳に栓をして聞かないふり、ポーカーフェイスは得意である。  得意じゃないなんて白々しい嘘だ。新田の運動神経が良いことを知っている。弓道部期待のエースとして華々しく星をかがやかせているのだ。白い肌と清潔感のある黒髪、静かな水面を連想させる大人びた横顔で弓を構える姿が素敵! と囁かれている。紅葉には黒柴犬にしか見えない後輩が、だ。  そも、僕は嘘吐きではない! 声を大にして言いたい。『神様に嘘は吐かない主義』と言うだけで、何も人間その他大勢に嘘を吐かないとは言っていない。ほら、嘘じゃないだろ。  三年生は運動部というよりも運動の得意な生徒が多数出場している。二年生も立候補制で決めた。各クラスから二名ずつ選出しなければならず、二年Aクラスからは七竈と齊藤が出場している。Sクラスから青空も出ているようだ。 「あ、風紀委員長、アンカーみたいですね」 「……そーだねぇ。どうせ、ぶっちぎりの一位でゴールすんじゃなあい」  投げやりに吐き出された言葉に、新田は目を丸くして、気だるげな先輩の横顔を凝視する。なんだかんだと言いながら、この適当な先輩は風紀委員長のことを誰よりも信じているのだろう。  視線に気づかない紅葉は、ぼんやりと視界の中心に神原を捉えていた。  燦燦と輝く太陽の光を受けて、ところどころ赤色の混ざった白銀髪が煌いている。ハーフTシャツに、ジャージの長ズボンをふくらはぎあたりまで捲くった格好にやる気は見られない。 「頑張るから見ててネ」と某宇宙人と似たようなことを言っていたが、つまるところ余所見なんてせずに見てろってことだ。長い付き合いとも言い難いが、半分くらい考えていることがわかるようになってしまった。嬉しくない。 「告白に返事しないんスか」 「僕が返事をするしないは、新田君に関係ある?」 「ないけど……でも、ほんと、そろそろどーにかしたほういいっすよ。委員長のファンがうるさくなってきてますから」  眉間に力が入る。奥歯をキツく噛み締める。ほのかに鉄臭さが広がった。  水嶋からも、言われている。それでもまさか我関せずの態度を崩さない新田だから、てっきり見て見ぬふりを決め込むと思っていた。  委員長のファン――神原が風紀委員長に就任する以前、親衛隊が存在していた。解散のは去年の夏頃、ちょうど今時期だ。体育祭が終わって、ランキングの発表集会のとき、とんでもない騒動になったのを覚えている。阿鼻叫喚の地獄絵図だった。  神原風璃を一言で表すなら、暴風である。荒れ狂う風のように荒い気性と、気まぐれに吹く風のような性分。水面下ではそう呼ばれているが、先にも記したとおり紅葉に対してはどこまでも優しいお兄さんだった。  風紀委員長とは思えないほど着崩した制服に、受験生とも思えない髪色。公言しているのかは知らないけれど、家業が極道というだけでだいぶインパクトが強い。一学年のときはだいぶ問題児であったと耳にする。  心は傾いている。ほんのちょっと揺らせば、零れてしまいそうなくらい。  溢れそうな想いに蓋をするのはとっても大変。もし、もしだ。神原と心を通わせ、思いを通じ合わせたとしよう。初めはいいかもしれない。でもすぐに待ち受けている困難を乗り越えられる気がしない。  いずれ神様に嫁ぐ。それは変えられない事実で、待ち受けているのは別れだ。今生で、大切なモノを作りすぎた。もし愛する人ができてしまって、僕はその人に別れを告げられるだろうか。――否、告げなければならない。  遊んではいけません。  友人なんて必要ありません。  助けを求めてはいけません。  気を許してはなりません。  本心を見せてはいけません。  貴方は継ぐのだから。  白乃瀬の神様に嫁ぐのだから。  未練を残してはいけません。  ぼんやりと、意識をたゆたわせた。

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