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070*夏休み*

 夏休みが始まる。  ほとんどの生徒は帰省して、学園内は当直の教師と帰省しない生徒だけでがらんとする。 「紅葉君は帰省するの?」  食堂の二階席で夕食を取っていた紅葉と神原。  二階席は一階席の三分の一ほどの広さだ。ちらほらと役付き生徒で席が埋まっており、たまに視線を投げられる。 「……僕は、帰省しますよぉ。帰ってこい言われてるんで」  その声は憂鬱としていた。  夏休みは弟も留学先から帰ってくる。紅葉と若葉(おとうと)は表裏一体だ。切っても切り離せない距離感にある。 「弟が、帰ってくるんですよ」 「弟? イギリスだっけ? に行ってるっていう」 「そう。……もしかしたら、風璃さんと一緒にご飯食べられるのもこれで最期になっちゃうかもしれないね」  自嘲気味に呟かれた言葉に、手を止めた。  笑いながら、冗談のように言葉を吐き出す紅葉が、心で苦しんでいるのを知っている。新田の話だと弟はとても紅葉のことを慕っていると言っていた。兄弟仲は悪くないが、複雑な家庭環境にある。  理解できなかった。家の若い衆に調べさせたが、てんで理解の範疇を超えていた。水神信仰、神嫁――生贄。揃い子の厄。養子縁組。調べれば調べるほど、反吐が出そうだった。  どうにか、紅葉を救い出すことはできないかと、毎晩毎晩考える。  夜を共にして、温もりが隣にある。朝起きると、ふにゃりと笑う愛しい人。金髪も儚げで可愛かったけれど、黒髪も艶やかで美しい。やっと、恋人同士になれたのに、今さら手放すなんてできるわけがない。  あんなにも疎ましかった家の力を使ってでも、腕の中に抱き留めておきたい。いなくなるなんて許さない。たとえ、白乃瀬の家が紅葉を奪おうとしてもだ。 「夏休み、良かったら俺の家に来ない?」 「え、家って」  ぱち と目を瞬かせた。

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