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 汗が滲んだ身体をベッドに横たえ、神原から水を手渡される。よく冷えた天然水だ。  ごく、と一口飲めば、喉が渇いていたのだと実感する。二口、三口と飲んで、嚥下する喉をじっと見つめられているのに気づいた。 「……なに?」 「エロいなぁ」 「また馬鹿なこと言ってる」 「紅葉君は自分のエロさを自覚したほうがいいと思うんだ」  容姿の良さなら自覚済みだ。  時々、神原はじっと紅葉を見つめている。一挙一動を観察する瞳に、どきりとしてしまうのだ。  汗を流そう、と風呂場に案内をされるその道中、通りかかった部屋に懐かしい顔を見つけた。  まさか会うと思わなかった人に、つい声を上げてしまう。 「――椿貴(つばき)?」  柔和な目元の、穏やかな顔立ちをした美青年。最後に見たときよりも身長が伸びており、落ち着いた雰囲気をした、中学の同級生。 「は? 紅葉?」  目を見開いて、ぽかんと口を開ける。  よく見れば、神原――風璃と弟の椿貴はそっくりだ。目元とか、輪郭とか。本当に兄弟だったんだ、と呆然とする。 「あぁ……同級生だったんだっけ?」  なんとなく、冷たい口調の神原にハッとした。  若い(それでも二十代後半くらいの)男性と話している途中だった彼は、一言断ってからこちらに歩み寄ってくる。  あ、身長越されてる。すこしだけショックを受けた。 「なんで、兄さんと紅葉が一緒に……ていうか、なんで紅葉がここにいるの?」 「僕としては椿貴と風璃さんが兄弟だったってことに驚きだよ」  質問に質問をするふたりを止めたのは風璃だった。 「はいはい。積もる話はあとでネ。さきに風呂行くよ」  手首を掴まれて、さっさと歩き出してしまう。  肩越しに振り返った懐かしい同輩は、溜め息を吐いて手を振っていた。  腹の奥がそわそわして、落ち着かない気分だった。 「高校入ってから会ってないの?」 「いろいろ、事情があって、中学校の同級生たちとは連絡を断ってるんですよぉ」 「事情って?」 「それは、」  言ってしまってもいいものか。開きかけた口を閉ざした。  中学校のときが、一番自由だったろう。  仲の良い、気の置ける友人がいて、毎日が楽しかった。先のことを考えず、人生を謳歌していたろう。  きっかけは、大祖母の一言だ。 「また、クロとシロのようになりたいんか?」  意味が分からないわけがなかった。  このままでいるなら、失うことになるぞ、と。失わないためにも、離れるしかなかった。椿貴は納得してくれた。けれど、他の友人たちは納得してくれなかった。  だから、離れるしかなかったんだ。 「喧嘩別れ、しちゃって」  泣き笑いのような、微妙な笑顔。  風璃とも別れないといけないときが来る。  今のまどろみに慣れてしまった。  笑顔で別れられるだろうか。きっと、風璃さんは諦めないんだろうなぁ。  ぎゅう、と心臓を握り締められる痛みに、胸もとをぎゅっと握り締めた。

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